(写真はイメージです/PIXTA)

多くの経営者にとって「未知の領域」である今回のインフレ局面。企業にはどのような行動が求められるのでしょうか。本稿ではニッセイ基礎研究所の鈴木智也氏が、インフレ局面において企業の成長力や持続性を高める、企業経営の在り方について考察します。

3―企業に求められる自己変革力

1価値創造に軸足
上記の通り、企業の目前には、様々なコスト要因が山積している。これら継続的なコスト圧力に対して、デフレ時代のようなコスト削減に頼るだけでは限界がある。企業としては、継続的に増えるコストを価格に転嫁していくことを考えなければならない。

 

ただ、その場合、単に価格を引き上げるだけでは、顧客は離れてしまう。そこで必要になるのは、顧客が納得できるストーリーであり、値上げを受け入れてもらう説明力である。そして、そのカギを握るのは、新たに追加される付加価値だろう。

 

インフレ時代の企業には、価値創造を通じて新しい商品を投入し、新たな市場を開拓して、より良いものを相応の値段で売る、売上と利益双方を増やしていく経営が求められていると言えよう。

 

2新しい環境への適応
これから先、企業が価値創造に臨むうえで注目すべきものにカリフォルニア大学のデイヴィッド・J・ティース教授が提唱した「ダイナミック・ケイパビリティ」(企業変革力)がある。

 

これは、外部環境の変化に合わせて、企業が経営資源を再構成しながら、自己変革して行く能力である[図表3]。企業が自社の優位性を確保して行くには、環境変化に対する柔軟性が不可欠であり、自己変革を促す優れた人材を確保し、新技術や設備を導入して、イノベーションを起こすことが重要になる。

 

 

これに対して、企業内部の環境を最適化する能力は「オーディナリー・ケイパビリティ」(通常能力)と呼ばれる。

 

これは、すでに持つ経営資源をより効率的に活用し、利益の最大化を図る能力である。コスト削減や効率化に注力し、ベスト・プラクティスを追求して、現状を最適化していく。オーディナリー・ケイパビリティは、定常的な状況のもとで効果的な能力と言える。

 

ただ、不確実性が高く変化の激しい時代には、現状に最適化された経営資源は、不適合なものになり、かえって企業の弱みに転じることもあり得る。そのような状況のもとでは「ダイナミック・ケイパビリティ」をより重視すべきだと言える。

 

物価が離床を始め、中長期の構造変化が見込まれる現状は、変化の時代にあると捉えるべきだろう。

 

なお、この理論が紹介された経済産業省「2020年版ものづくり白書」には、デジタル技術の有用性が、とりわけ高く評価されている。デジタル技術には、変化を感知・補足し、企業を変容させる力がある。インフレ時代の企業経営には、デジタルのような新技術を取り入れて、環境への最適化を図ることが必要だと言える。

4―おわりに

これから先の企業経営は、新たな価値の創出が肝になる。インフレ時代への突入という外部環境の変化に対応するには、企業の「ダイナミック・ケイパビリティ」を磨くことが有用である。

 

それができれば、企業は売上と利益を伸ばし、業容を拡大させることができる。しかし、その逆に、新たな価値が創出できなければ、コストに圧迫されて厳しい状況に置かれるということでもある。

 

これまで日本企業は、リスクに備えて内部留保を貯め込み、リスクバッファーを確保しながらコスト削減で、現状への最適化を図るという「耐える経営」が常であった。しかし、低インフレの時代が終わり、物価が継続的に上がる時代になれば、内部留保の価値は、実質的に目減りしてしまう。

 

企業が持続的なインフレに打ち勝つには、これまでに蓄えてきたリスクバッファーを活かしつつ、成長投資といったリスクテイクを積極的に行い、新しい成長の芽を育てるしかない。付加価値の源泉となる優秀な人材をどれだけ確保し、新技術のビジネスへの取り込みをどれだけ早く進められるか。それが、企業の持続的な成長に不可欠な要素となるのではないだろうか。

 

これら企業が外部環境の変化から迫られる賃上げや成長投資といった取組みは、岸田政権が進める「新しい資本主義」と重なる部分も多い。今年6月に閣議決定された骨太方針には、賃上げ税制や補助金等によって賃上げ企業への優遇を強化し、予算・税制、規制・制度改革を総動員して、人への投資や設備・研究開発投資を喚起していくことが記されている。

 

個人にとっても賃金が上がり、能力がフル活用できるフィールドが広がることは恩恵が大きい。政府・企業・個人の3者は、この点で同じ方向を向くことができている。

 

企業はこの追い風を活かして、自己変革を進めることができる。この歯車をうまく回し、日本全体が活力を高めていくことで、新たな成長軌道に入ることに期待したい。


【参考文献】
・経済産業省「2020年版ものづくり白書」(2020年5月29日)
・山下 大輔「日本の物価は持続的に上昇するか~消費者物価の今後の動向を考える」 ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート(2022年5月26日)
・斎藤太郎「消費者物価(全国23年6月)-コアCPIは夏場以降、2%台の伸びが続く見込み」ニッセイ基礎研究所 経済・金融フラッシュ(2023年7月21日)
・矢嶋 康次「賃上げは適応力が左右する時代-インバウンドで安さの是正が進むかがポイント」ニッセイ基礎研究所 研究員の眼(2023年6月7日)

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年8月3日に公開したレポートを転載したものです。

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