今回は、スウェーデンのラインフェルト前首相の発言が招いた国民からの反発と、前首相の言葉の真意について見ていきます。※本連載は、明治大学商学部教授の北岡孝義氏の著書、『ジェネレーションフリーの社会』(CCCメディアハウス)中から一部を抜粋し、福祉国家として確固たる地位を築いているスウェーデンが、すでに迎えている高齢化社会の年金政策として打ち出しているプランを参考にしながら、日本の年金政策の今後を模索していきます。

なぜ首相の発言は国民の猛反発を招いたか?

スウェーデンのラインフェルト首相は、2012年2月7日、スウェーデンの日刊紙「ダーゲンス・ニュヘテル(Dargens Nyheter)」のインタビューで、公的年金支給開始年齢の引き上げに言及した。現行の65歳から75歳に延長するというのである。この発言の背景には、年金給付の増大がスウェーデン国家財政を圧迫しているとの認識がある。要するに、現行の公的年金制度を続ければ財政がもたないのだ。


世論調査では、スウェーデン国民の9割がラインフェルト首相の発言に反対した。「血迷ったか、ラインフェルト!」という反応である。このような失言(?)もあってか、ラインフェルト首相率いる中道右派連立政権は、2014年秋の総選挙で敗退し、政権の座を再び社会民主党率いる中道左派に譲り渡した。


ラインフェルト首相の発言に対する国民の猛反発には、4つの理由が考えられる。

 

ひとつは、「政府は公的年金制度を廃止する気か、これは福祉政策の大きな後退だ!」とする国民の反発である。75歳年金支給開始は、事実上、年金を廃止するのに等しい。平均寿命が80歳だとすると、年金の給付が受けられるのはわずか5年だ。これでは公的年金制度は意味がなく、いくらなんでもひど過ぎるという声だ。


ふたつは、政府の公的年金制度改革に対する不信である。「1999年の改革のときに、政府は、スウェーデンの公的年金制度は向こう30〜40年は安心だと言っていたではないか。それが、15年程度で行き詰まるとは、政府の改革は当てにならない」とする反発だ。


3つは、移民の急増に対する反発である。スウェーデンでは、EUに加盟してから移民が急増している。公的年金制度の行き詰まりの原因である財政赤字も、移民の急増によるものだ。移民急増がスウェーデンの福祉制度を脅かしている。「公的年金支給開始年齢の引き上げよりも、急増する移民を何とかしろ」という反発だ。


4つは、穏健党を中心とする中道右派政権の国家運営に対する危機感である。高負担・高福祉のスウェーデン・モデルは、いわばスウェーデンの国体だ。中道右派政権は、スウェーデンの国体を変えようとしているのではないか、すなわち、スウェーデンをアメリカ的自由主義国家に変えようとしているのではないかとの国民の危機感である。現政権は、小さな政府を志向して、今までかなりの減税政策を行ってきた。当初、国民は減税を歓迎したが、今では反対している。財政悪化が危ぶまれる中で、減税政策を行って福祉国家が支えられるのかとの思いからだ。


そんな中での75歳年金支給開始年齢引き上げの発言だから、「スウェーデンのアメリカ化」を危惧し、反発したのである。

ラインフェルト前首相の本当の狙い

穏健党のラインフェルト前首相は、もともとは筋金入りの市場原理主義者だった。学生の頃は、市場原理主義の政治家として有名なアメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相を崇拝していた人物だ。


その人物が、選挙に勝つために、自らの主義主張を捨て、高福祉・高負担のスウェーデン・モデルを堅持する政策に転じた。そして、2006年、2010年の国政選挙において、中道右派連合を勝利に導いたのだ。


国民は、市場原理主義者としてのラインフェルト首相の過去を知っている。彼の率いる中道右派の連立政権が、スウェーデンの国是とも言える高福祉・高負担のスウェーデン・モデルを放棄するのではないかと疑心暗鬼なのである。今回のラインフェルトの発言に対する反発も、その疑念が背景にある。


しかし、ラインフェルトは、年金給付の財政への圧迫に対する危機感のみから、75歳年金支給開始年齢の引き上げに言及したわけではなさそうだ。福祉の削減のみが発言の真意ではない。


ラインフェルト首相の発言には、それ以上に、元気な高齢者にやりがいを持って働いてもらえるような社会を創ろうとの考えがある。そのために、国民に「働くことの意識改革」を求めたのだ。ラインフェルトは言う。

 

「スウェーデンの平均寿命は延びる。現在生まれた人は、おそらく2人に1人は100歳まで生きるようになるだろう。平均寿命が大きく変わってきている。そうした時代にも福祉国家としてのスウェーデンを維持するためには、国民の働き方を変えなければならない。75歳まで働ける社会を構築しなければならない」(「ダーゲンス・ニュヘテル」のインタビューを要約)


そのためには、働く人たちの多様なキャリアパスを受け入れる体制を整えることだ。例えば、55歳で会社を辞めて、次の20年のために勉強をして再び新たな会社に入る。そうしたことが当たり前になる社会を創ろうということだ。企業のほうも、国民が75歳まで働くということになれば、55歳から75歳までの従業員の活用の仕方を変えるだろう。

 

ラインフェルトは以上のような考えを持って、75歳年金支給開始年齢の引き上げを打ち上げたのである。スウェーデンは共生の社会である。人と人とのつながりを大切にしている「連帯」の国だ。定年退職してしまうと、多くの人は今までの社会とのつながり、人とのつながりを失うことになる。定年制や公的年金制度は、必然的に個人を社会から切り離してしまう制度だとも言える。国民の「連帯」と定年制、公的年金制度は、そもそも矛盾するではないか。働くことを通じて、人と人とが結びつきを強くする社会では、定年制、公的年金制度は必要ないのだ。

 

75歳年金支給開始年齢の引き上げの発言の記事をよく読んでみると、ラインフェルトの発言には、そうした思いを読み取ることができる。

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    本連載は、2015年7月21日刊行の書籍『ジェネレーションフリーの社会』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    ジェネレーションフリーの社会

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    北岡 孝義

    CCCメディアハウス

    もう年金には頼れない。では、どうやって暮らしていくか──。現行の年金制度が危機に瀕している日本が目指すべき道は、定年という障壁をなくし、あらたな日本型雇用を創出することだ。さらには、個々人の働くことへの意識改革…

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