今回は、90年代に財政の悪化を受けて、自由主義的な政策に舵を切ったスウェーデンについてお伝えをします。※本連載は、明治大学商学部教授の北岡孝義氏の著書、『ジェネレーションフリーの社会』(CCCメディアハウス)中から一部を抜粋し、福祉国家として確固たる地位を築いているスウェーデンが、すでに迎えている高齢化社会の年金政策として打ち出しているプランを参考にしながら、日本の年金政策の今後を模索していきます。

急激な財政悪化を受けて、増税と歳出削減に舵を切る

スウェーデンでは、1980年代後半に株価・地価のバブルが発生し、1990年代初頭にバブルが崩壊した。1990年代前半のスウェーデンは、マイナスの経済成長、高い失業率、国家財政は破綻寸前(政府債務残高はGDPの70%台)の状態に陥った。下記の図表は、財政収支対GDP比である。1990年代前半の年々の財政赤字は、GDP比で10%を超す勢いだった。

 

[図表]1980 年代後半から1990 年代のスウェーデンの財政収支(対GDP比)

注: IMF 統計より作成
 
注: IMF 統計より作成

スウェーデンは、日本と同じ時期に、バブルの生成と崩壊を経験した。このような経済的困難、とくに財政破綻の危機に直面して、スウェーデン政府は、正攻法である増税と大幅な歳出削減に取り組んだ。

 

特徴的な点は、一般歳出の削減を行うだけでなく、「小さな政府」を志向して大胆な歳出改革を行ったことである。中央省庁の再編、地方分権化の推進、国営企業の民営化、種々の規制緩和など、「小さな政府」を目的とした歳出改革を実行した。社会保障の見直しも行った。いわゆる「エーデル改革(高齢者介護の改革で、高齢者介護のための入院を減らすために在宅介護を増やすことや、高齢者介護を市町村に当たるコミューンに委譲した改革)」も、この期の歳出改革の一環である。

90年代の「自由主義的な教育政策」への厳しい評価

教育(とくに義務教育)制度も見直しの対象となった。教育の権限を大幅に地方に移管した。同時に、国民の教育の「選択の自由」を保障するということで、規制緩和を行って私立学校やフリースクールを大幅に増やした。教育権限の地方への委譲に関しては、教員採用や教員給与、学校の運営方針などは、地方自治体レベルで自由に決定できるようになった。教員には成果主義が採用された。また、「教育バウチャー制度」を導入し、子供が私立学校やフリースクールに通う保護者にクーポンを提供して、保護者への補助金とした。もちろん、私立やフリースクールに子供を通わせる場合でも、学費は無料だ。

 

スウェーデン政府の意図は、地方自治体に教育権限を委譲することにより、また、私立学校やフリースクールを認めることによって、教育に競争原理を導入することにあった。
スウェーデン政府は、地方自治体が行う教育に関する評価と助言、そして改善策の提案を行う。つまり、スウェーデン政府は、義務教育に関して黒子役に回ったのである。なぜスウェーデンが、このような地方分権、民営化、競争原理の導入などの自由主義的施策を行ったのだろうか。

 

それは、当時の政権が自由主義政党の穏健党を中心とする中道右派の連立政権(首相は穏健党のカール・ビルド(Carl Bildt))だったからだ。穏健党が初めて政権を担ったこともあり、政府は、高福祉高負担の「大きな政府」から自由主義的な「小さな政府」に舵かじを切ろうとしていた。

 

また、このような大胆な自由主義的政策は、バブル崩壊によって、スウェーデンが「国難」とも言える経済的困難に直面していたからこそ可能な政策だった。

 

しかし、今日、一連の自由主義的な政策、とくに教育改革は、スウェーデンでは成功したとは評価されていない。現に、2014年の国政選挙では、1990年代の教育改革の見直しが争点となり、改革前の、国が責任を持つ教育制度に戻してほしいと願うスウェーデン国民が過半を占めている。

本連載は、2015年7月21日刊行の書籍『ジェネレーションフリーの社会』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ジェネレーションフリーの社会

ジェネレーションフリーの社会

北岡 孝義

CCCメディアハウス

もう年金には頼れない。では、どうやって暮らしていくか──。現行の年金制度が危機に瀕している日本が目指すべき道は、定年という障壁をなくし、あらたな日本型雇用を創出することだ。さらには、個々人の働くことへの意識改革…

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