今回は、一度は世界から絶賛されたスウェーデンの公的年金制度が、昨今、再び危機に陥ってしまった原因についてみていきます。※本連載は、明治大学商学部教授の北岡孝義氏の著書、『ジェネレーションフリーの社会』(CCCメディアハウス)中から一部を抜粋し、福祉国家として確固たる地位を築いているスウェーデンが、すでに迎えている高齢化社会の年金政策として打ち出しているプランを参考にしながら、日本の年金政策の今後を模索していきます。

年金制度への政府の関与を縮小し、財政の安定化を図る

スウェーデンでは、女性の就業が定着した1980年代頃から、出生率の低下が社会問題となった。危機感を持った政府は、女性の就業支援や子育て支援を積極的に行った。それが功を奏してか、スウェーデンの出生率は1980年代後半から上昇に転じた。しかし1990年代に入ると、スウェーデンの出生率は再び低下した。その原因は、スウェーデン経済のバブル崩壊である。1990年初めのバブル崩壊によって、スウェーデン経済は急激に悪化した。それに伴い国の財政が破綻寸前の状況に陥った。

 

政府は財政再建のための歳出削減策として、子育ての諸手当をカットした。その影響からか、1990年代の出生率は低下し、その傾向は2000年まで続いたのだ。スウェーデン政府は、1980年代頃から、将来の少子高齢化社会の到来を予想し、その対応の必要性を認識していた。少子高齢化の影響を真っ先に受けるのが公的年金制度だ。少子高齢化社会が到来すれば、賦課方式の年金制度は維持できないとの危機感を持った。

 

そこで、1990年代の初頭から、与野党共同で公的年金制度の改革に取り組んだ。その結果、1999年に新しい年金制度が誕生した。新しい年金制度の基本的スタンスは、公的年金制度に対する政府関与の縮小である。基本的に、所得比例年金の1階建ての制度で、基礎年金は生活保護的な意味合いのものに変わった。少子高齢化への対応だけでなく、政府の財政安定の意図が色濃く反映された公的年金制度である。

 

スウェーデンの新しい公的年金制度は、世界から絶賛された。少子高齢化に対応するだけでなく、国の財政の安定に資する公的年金制度だと理解された。新しい年金制度は、現役世代が高齢者世代を扶養する「賦課方式」を維持している。現役世代が積み立てた年金保険料総額プラス運用収益をベースに、年金給付を行う〝みなし掛金制度〞を採用している。

 

また、世界に先駆けて、「マクロ経済スライド」を採用したのもスウェーデンだ。2006年の日本の公的年金制度改革も、スウェーデンの考案した「マクロ経済スライド」の制度を採用した。

 

しかし、世界で絶賛されたスウェーデンの「持続可能な公的年金制度」は、昨今の経済状況のもとで、再び行き詰まっている。持続可能ではなくなってきているのだ。現在のスウェーデンの公的年金制度は、政府の財政を圧迫する要因のひとつとなっている。「公的年金制度は財政の足を引っ張っている」と政府は認識している。この点が、本連載の最初に紹介した、ラインフェルト前首相の公的年金支給開始年齢の引き上げ発言につながっている。

 

世界が絶賛したスウェーデンの公的年金制度の、どこに問題が生じたのだろうか。

少子高齢化が進めば困難になる公的年金制度の維持

リーマンショック以降の経済の悪化や移民の急増による財政悪化の影響を受け、スウェーデンの公的年金制度は行き詰まっている。生活保障的な基礎年金(保障年金)は、全額税金で賄わなければならない。歳入が伸び悩む中で、基礎年金の支出の増加は財政を圧迫する。また、現役世代の所得比例の年金保険料も、低成長で伸び悩み、増加する高齢者の年金給付に追い付かない。スウェーデン政府は、毎年、年金財政の見通しを、楽観的シナリオから悲観的シナリオを想定して報告しているが、明確な将来の見通しが得られているわけではない。

 

スウェーデンの出生率は21世紀に入って持ち直しているが、現在の公的年金制度を支える現役世代は1990年代前半以前に生まれた人たちだ。だが、その世代の人口は減少している。

 

移民は急増し、スウェーデンの人口は増えている。移民の急増は、働いている移民の人たちの支払う年金保険料は増えるが、移民の人たちは低所得で失業率も高い。逆に、移民に対する生活保護費の急増が財政を圧迫している。人口3万2000人の都市であるカトリンホルムで、数千人のソマリア難民が生活保護を求めて市に押しかけた姿は、スウェーデン国民に衝撃を与えたものだ。

 

こうした公的年金制度の行き詰まりを代弁したのが、ラインフェルト前首相の公的年金支給開始年齢の75歳引き上げの発言である。この発言は、政府の悲痛な叫びだといえる。ラインフェルトは、そもそも少子高齢化になれば、どのように改革しても公的年金制度は維持できないと認識しているのではないだろうか。

 

スウェーデンの公的年金制度は所得比例の「積立方式」の年金だが、実質的に「賦課方式」の部分を残している。所得比例で現役世代が支払う年金保険料の大半が(18.5%の所得比例の年金保険料のうち、16%を賦課方式で運用)、高齢者世代の年金給付に充てられる。

 

低成長で経済が伸び悩めば、所得比例のもと、現役世代が支払う年金保険料も減少する。
だが、それだけではない。少子高齢化の影響をまともに受ければ、現役世代全体が支払う年金保険料総額が減少し、増える高齢者世代の年金給付を賄いきれないのだ。

 

少子高齢化の時代には、年金財政の運用は困難で、公的年金制度は維持できない。ラインフェルトの発言は、公的年金制度運営に関する一種の敗北宣言だ。敗北を認めた上で、ラインフェルトは、公的年金を必要としない新たな社会を創ろうと主張している。

本連載は、2015年7月21日刊行の書籍『ジェネレーションフリーの社会』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ジェネレーションフリーの社会

ジェネレーションフリーの社会

北岡 孝義

CCCメディアハウス

もう年金には頼れない。では、どうやって暮らしていくか──。現行の年金制度が危機に瀕している日本が目指すべき道は、定年という障壁をなくし、あらたな日本型雇用を創出することだ。さらには、個々人の働くことへの意識改革…

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