今回は、スウェーデン社会を大きく揺るがす、移民と財政赤字の問題を見ていきます。※本連載は、明治大学商学部教授の北岡孝義氏の著書、『ジェネレーションフリーの社会』(CCCメディアハウス)中から一部を抜粋し、福祉国家として確固たる地位を築いているスウェーデンが、すでに迎えている高齢化社会の年金政策として打ち出しているプランを参考にしながら、日本の年金政策の今後を模索していきます。

移民の急増による社会の不安定化

スウェーデンは昔から、人道主義的な観点から移民を積極的に受け入れてきた国だ。スウェーデンでいうところの「移民」とは、外国生まれの居住者、あるいはスウェーデン生まれだが両親または両親のいずれかが外国人である居住者のことだ。なお、居住者とは1年以上スウェーデンで居住している者のことを指す。

 

そのスウェーデンの移民の傾向が、21世紀に入って大きく変化しつつある。第1に、移民の数の急増である。下記の図表は、2000年から2013年までの全人口に占める移民の割合である。この図表を見ると、2000年代に移民の伸びが全人口の成長率を上回る勢いで増えていることがわかる。

 

[図表]スウェーデン国民に占める移民の割合

注:スウェーデン統計局のデータをもとに作成
注:スウェーデン統計局のデータをもとに作成

 

第2に、異文化圏からの移民の急増である。スウェーデンの移民は、伝統的に他の北欧諸国や大陸ヨーロッパ諸国などのEUからの移民が中心だったが、最近は、イラク、イランなどのイスラム諸国、中国、タイなどのアジア諸国、アフリカ諸国からの移民が増えている(藤岡純一〈2012〉「スウェーデンにおける移民政策の現状と課題」、関西福祉大学、『社会福祉学部紀要』 第15巻第2号、44〜56ページ)。

 

そして、第3に、相対的なスウェーデン経済の堅調さから、就労目的の移民の割合が急激に増えている。すなわち、労働移民である。

 

これら3点が、スウェーデンの最近の移民の特徴だ。こうした21世紀に入ってからのスウェーデン移民の変容は、スウェーデン社会を大きく揺るがしている。

 

イスラム諸国、アジア諸国、アフリカ諸国からの移民の急増は、一般のスウェーデン国民との間で文化の衝突を引き起こしている。また、最近の移民の多くは就労目的なので、移民の失業率の上昇にもつながっている。

 

2013年5月に、首都ストックホルム近郊マルモ地区でイスラム系若者が暴動を起こし、そのニュースは世界を驚かせた。この事件の原因は深刻だ。文化の衝突だけでなく、移民の失業率が一般のスウェーデン国民の失業率と比べてはるかに高いことなども、移民のフラストレーションを招いている。


スウェーデン政府は、人道主義の観点から、移民に対しても一般のスウェーデン国民と同様の高福祉を適用している。そのことがスウェーデンの国家財政の悪化をもたらしており、この点も、スウェーデン国民の反発を招いているのだ。

「スウェーデン・バリュー」と「移民政策」のジレンマ

スウェーデンの移民問題は、スウェーデンの国家理念を揺るがす問題になっている。

 

スウェーデンの国家理念とは、男女平等(ジェンダー平等)・人権尊重・個性尊重だ。これらのスウェーデンの国家理念は、「スウェーデン・バリュー」と呼ばれている。スウェーデン・バリューは、ほとんどのスウェーデン国民が共有しており、これにより、スウェーデンの共生社会、連帯社会が形成されてきたといえる。


スウェーデン政府が積極的に移民を受け入れ、インテグレーション政策と呼ばれるように、受け入れた移民に対して手厚い保護と支援を行ってきたのは、スウェーデン・バリューの観点からだ。どのようなバックグラウンドを持とうとも、スウェーデンの居住者は等しく福祉・社会保障が提供され、差別されてはならないのである。


ところが、一般のスウェーデン国民は移民に対して強く反発している。ゲルマン民族を主とするスウェーデン国民は、同じゲルマン民族の移民ならいざ知らず、イスラム、アジア、アフリカといった異文化の移民を、スウェーデンの「国民の家」に入れることを拒絶しているのだ。


一般のスウェーデン国民の、移民に対する「暗黙の拒否」は、移民のスウェーデン社会での生活の困難になって現れている。移民の企業への就職も、一般のスウェーデン国民と比べれば難しい。その結果、移民の失業率は格段に高い。また住居も、一般のスウェーデン国民の中に溶け込むことができないため、移民が集中する居住区ができている。移民の集中する居住区は、失業率も高いので、治安も悪くなっている。


経済的反発もある。国の財政悪化は、スウェーデン政府がインテグレーション政策に基づく移民への手厚い経済的支援を行っているからだと考えている国民が多い。移民に対するインテグレーション政策により財政悪化が進めば、スウェーデンの福祉は削減される。福祉国家スウェーデンが崩壊するのではないかという危機感を抱いている。この点は、スウェーデン民主党の移民受け入れ反対の理由でもある。


こういったスウェーデン国民の移民政策に対する反発を追い風に、2010年の国政選挙で、スウェーデン民主党が初めて20議席を獲得した。民主党は移民の受け入れ反対を主張しており、極右政党と見なされている。2014年の秋の総選挙では、何と議席を49まで伸ばし、一躍、第3党にのし上がった。


だが本来、スウェーデン・バリューの観点からは、異文化の移民であるとはいえ差別はできない。移民もスウェーデン国民なのである。一般のスウェーデン国民と同様の福祉と社会保障を、移民に対して適用しなければならない。スウェーデン政府のインテグレーション政策は、スウェーデン・バリューからすれば当然の政策だ。スウェーデン国民の教育費が無料なら移民の子供の教育費も無料であり、スウェーデン国民の医療費がただならば、移民の医療費もただであるべきだ。


だが、移民問題は、スウェーデン・バリューの限界を露呈し、スウェーデンにジレンマをもたらす。経済的にも、スウェーデン・バリューを全面的に移民に適用するのは困難だ。移民を積極的に受け入れ、一般のスウェーデン国民と同様の福祉・社会保障を提供していくことは、スウェーデンの国家財政からして無理な話なのである。

本連載は、2015年7月21日刊行の書籍『ジェネレーションフリーの社会』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

ジェネレーションフリーの社会

ジェネレーションフリーの社会

北岡 孝義

CCCメディアハウス

もう年金には頼れない。では、どうやって暮らしていくか──。現行の年金制度が危機に瀕している日本が目指すべき道は、定年という障壁をなくし、あらたな日本型雇用を創出することだ。さらには、個々人の働くことへの意識改革…

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