(※写真はイメージです/PIXTA)

月収が高く、貯蓄も十分。愛する家族だっている。そんな典型的な勝ち組サラリーマンでも、定年後にお金に困るケースがあります。なぜなのでしょうか? 長岡FP事務所代表の長岡理知氏がAさんの事例をもとに解説します。

現役時代は年収1,900万円の勝ち組会社員だったAさん

<事例>

Aさん 66歳 元大手企業部長職 

 

       現役時代の年収1,900万円

         ※ 手取り額  年収1,219万6,050円
                   月収は74万624円(支給額は95万8,333円)
                   残りは賞与

 

       貯蓄 6,500万円

       住宅ローン残債 1,000万円

 

夫のAさんが大手企業の部長職を定年退職したのが65歳のとき。就職してからずっと仕事一筋で生きてきました。新卒で就職したのは1970年代の終わり。バブル景気に向かう社会情勢のなかでは生活のほぼすべてを仕事に捧げることが当たり前の時代光景でした。

 

朝7時に出勤して、帰るのは日付が変わるころ。会社が支給するタクシーチケットを使い帰宅しては、少し眠ってからまた出勤という毎日でした。取引先への接待の飲食やゴルフも頻繁で休日はほとんどありせん。そんな過酷な日々でもAさんが頑張れたのは、24歳のときに結婚した2歳年下の妻Bさんの存在です。

 

大学時代の友人から紹介されたBさんは、広島県の高校を卒業後に上京し大手の美容院で働いている22歳の女性でした。田舎育ちですれたところがなく、素直で明るい性格をAさんが気に入ったのです。交際して1年も経たずに結婚。夫のAさんの希望で妻Bさんは仕事を辞め、専業主婦として家庭に入ることになりました。

 

まだ若かったAさんは自分が家庭を持ったことに喜びを感じながらも、「妻に貧乏をさせたくない」という強い思いと不安感を常に持っていました。この会社のなかでなんとしても昇進して妻を楽にさせてあげたいという思いが、毎日の過酷な勤務を支えていたのです。

 

Aさんの努力のおかげで同期のなかでは常に早く昇進していき50歳を迎える前に部長にまで昇進できました。退職時の年収は1,900万円。会社員人生は順調そのものでした。

 

教育にもお金をかけることができ、長女は都内の私立大の医学部に進学、次女はアメリカの大学に留学。

 

娘2人にかかった学費は幼稚園から通算すると合計1億円以上でした。おかげで貯蓄はみるみるうちに減っていき、退職時に残った資産は預貯金で6,500万円と、40歳のときに購入した戸建てのマイホームだけ。

 

もっと貯金があるはずでしたが、妻と2人の老後を送るには十分な財産です。医師になった長女夫婦がクリニックを開業するときに、クリニックを兼ねた二世帯住宅に改築する計画も出ています。そのときにはわずかながらも援助ができるかもしれません。

 

娘たちにお金の苦労をさせず希望の進路を応援できたことをAさんはたいそう誇りに思っていました。

 

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