父の遺産を相続し、悠々自適の80代母だが…
今回の相談者は40代会社員の小川さんです。80代の母親の相続対策について相談したいということで、筆者のもとに訪れました。
「10年前に父を亡くして以降、母は自宅でひとり暮らしを続けています。父は公正証書遺言を準備しており、母親が全財産を相続しましたが、そのときも円満な着地とはいかなくて…」
小川さんは4人きょうだいの末っ子で、家族構成は下記のとおりです。
母親…80代、ひとり暮らし
長男…50代、既婚、自宅保有
長女…50代、既婚、自宅保有
二女…40代、既婚、自宅保有
二男…40代、既婚、賃貸住まい(相談者)
父親の財産は自宅と預金で合計約1億5,000万円と比較的高額でしたが、相続時には配偶者の特例を生かし、相続税の納税は不要となりました。母親は父親が亡くなったあとも、これまでと変わらない生活を送っています。
主な相続財産は、200坪の敷地に建つ鉄筋コンクリート住宅
「父の相続では、遺言書のお陰で手続きが完了しましたが、2人の姉が財産を分けてほしいと激しい主張を繰り返し、もう、本当に本当に、大変でした…」
長男と小川さんが2人をなだめすかし、母親が少しずつ贈与をするというかたちで収まったものの、母親が亡くなったときを考えると憂うつだと、小川さんは頭を抱えます。
この件については母親も理解しているとのことですが、遺産の形状から分割がむずかしく、母親も遺言書が準備しにくい状況だといいます。
母親が暮らす実家は、敷地200坪の豪邸です。しかし、広い敷地に接する道路は一方向のみで、自宅建物が敷地の中心に建ち、四方に庭が広がっています。
建物は鉄筋コンクリートの2階建てですが、築50年を超え、今後は高額な修繕費を覚悟しなければなりません。
父親から相続した金融資産があることから、母親は不安なく生活できますが、このままの状態で相続を迎えると、問題が噴出する可能性があります。
「自宅の独り占めは困る」と兄が…
母親は父親から相続した自宅に愛着があり、いずれかの子どもに引き継いでもらいたいと考えています。自宅近くの賃貸マンションに暮らし、通院やその他のこまごましたサポートのために足を運んでいる小川さんへ託したいというのが、母親のホンネだということです。
「先日、母は兄と私を自宅に呼んで、相続について母自身の考えを話しました。兄は黙って聞いていましたが、その後〈母親の老後を見てくれるのはありがたいが、自宅の独り占めは困る〉といわれてしまいました。姉2人もきっと、同じ気持ちでしょうね…」
小川さんは対応に悩んでいます。
目指す着地は「不満の出にくい分割・不動産の有効活用」の両立
筆者と提携先の税理士は、以下の選択肢を提案しました。
①小規模宅地の特例が適用できるのは330㎡まで。そのため、敷地のおよそ半分に自宅を建て直しておき、それを小川さんが相続。自宅の奥に戸建て貸家を3棟建てておき、長男・長女・二女がそれぞれ相続する。
②敷地の半分に自宅を建て替えておき、小川さんが相続し、それ以外の部分は売却して資産を組み替え、長男・長女・二女で分ける。
③全部を売却して自宅と区分マンションに買い替え、きょうだい全員で分ける。
小川さんはこの3つの案を持ち帰り、その後、母親ときょうだいといっしょに検討することになりました。
いずれにしても現状維持では問題が多く、建て替え・買い替えのいずれかが選択肢となります。そのうえで、どのように分けるか検討し、遺言書を作成することになります。
せっかく話し合ったのに…長女・二女のふるまいに母親、激怒
その後、疲弊しきった小川さんから連絡がありました。
「結論からいうと、相続発生後に売却し、4分割することになりました…」
家族会議の席で、母親が「本当は二男に自宅を継がせるのが希望なのだけれど…」と前置きを話した瞬間、長女と二女が激高。話には続きがあるといっても聞き入れず、話し合いの席はカオスに。
「お母さんはまだ生きるでしょ! それなのに本人を無視して、一体なんなの!?」
「もういい! お母さんが死んだら、自宅は売って四分割! 解散!」
母親がそう叫ぶと、話し合いは強制終了してしまいました。
「その後、気持ちが落ち着いたのか、母から連絡がありました。自宅は売却して4分割するが、預金をいくらか私に相続させるよう、遺言書を書くそうです…」
本当にこの着地でいいか、しばらく冷却期間を設け、母親の気持ちが変わらないなら、遺言書を作成する予定だと、小川さん話してくれました。
「複数の相続人に不動産1つ」の分割では難しい
小川さんの母親のような資産構成は、遺産分割がむずかしくなります。その場合、自宅を建て替えるなどして分割しやすい状態にするのが基本です。また、一部を収益物件にして収益を得る筋道をつけることで、土地の有効活用ができるようになります。もちろんその際も、遺言書の準備は必須です。
複数の相続人に対し、広い自宅だけというのはバランスがとりにくいといえます。親が健在のうちに、分けやすい財産に替えておかないと、のちのち不満が噴出ことになるため、要注意なのです。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。