堅実な生活を送っていた父だったが…
今回の相談者は、50代の専業主婦の佐藤さんです。80代の父親が亡くなり、相続について困ったことが起きたと、筆者のもとを訪れました。
父親の相続人となる佐藤さんの家族ですが、70代後半の母親のほか、50代の独身の妹がいます。佐藤さんは20代で結婚して家を出ており、その後はずっと専業主婦です。いまは他県で夫と生活しています。子どもが2人いますが、いずれも独立しました。母親は高齢ながら元気で、独身の妹と自宅で2人暮らしです。
佐藤さんの父親の財産は、母と妹が暮らす自宅建物と敷地、あとは預金のみと、シンプルな構成です。自宅と父親名義の預貯金の総額は4,000万円程度で、基礎控除の4,800万円以内に収まるため、申告も納税も不要です。
遺産の分割ですが、父親は生前から「自宅はそこに住む人が相続するように」とたびたび口にしており、母親も、佐藤さん姉妹も、そのとおりでいいと思っています。遺言書はありませんでしたが、とくに揉め事となる要素はなかったといいます。
「ところが、父親が亡くなってから書類を整理していたら、こちらが出てきまして…」
娘2人名義の通帳に、合計6,000万円もの預貯金
打ち合わせのテーブルについていた筆者と、提携先の税理士の前に、銀行の通帳が数冊、差し出されました。
税理士が確認したところ、佐藤さんと妹の名前で、合計で6,000万円を超える金額が記帳されていたのです。
佐藤さんの父親は40代後半で脱サラし、自分で商売を始めたそうです。幸いなことに商売は順調で、父親は70代後半になるまで続けました。
「父は朝から晩まで忙しそうでした。商売自体は順調だと聞いていましたが、だからといって、生活が大きく変わった印象もなかったのです。まさかこんなに現金が残っているとは…」
「おとなしかった妹が、通帳を見てから目の色が変わってしまいまして…。まるで別人です。〈これまでわからなかったのだから、申告する必要はない〉といって譲りません。母もあきれていて、いまは母が金庫のカギを握っています。今日、私は母に協力してもらって通帳を持ち出しました」
この通帳のお金は明らかに名義預金であり、父親の相続財産として申告する必要があります。
佐藤さんは20代で結婚してから仕事はしておらず、妹はずっと会社員ですが、中小企業の事務スタッフです。もし税務署に追及された場合、とても言い逃れできる金額ではありません。
配偶者の特例を適用すれば、相続税は無税だが…
今回の佐藤家の相続ですが、配偶者は財産の半分まで、あるいは1億6,000万円まで無税という特例を活用すれば、申告は必要ですが納税は不要です。
申告の際、名義預金を父親の財産として申告し、名義は異なりますが、母親の財産として相続することは可能です。その後、母親の相続時にあらためて姉妹それぞれが相続するというのがひとつの方法です。
佐藤さんの母親は高齢ながら、自身の身の回りのことはもちろん、家事の大半をこなしているほど元気です。しかし、いつ認知症の発症や体調の急変があるかわかりません。そのため、母親の対策も進めることが必要でしょう。
「自宅不動産は、同居の独身の妹さん名義としたほうが、登記の手間が省けていいでしょう。次に、預貯金の分配ですが、高齢のお母様にいくら相続していただくか、今後の生活を考慮しながら、まずはご家族でよく検討してみてください」
税理士からのアドバイスに、佐藤さんは真剣な面持ちでうなずきました。
名義預金は簡単に見抜かれる
佐藤さんは専業主婦ですが、夫にはそれなりの収入があるため、生活面で困ることはありません。妹は給料こそ高くはありませんが、実家暮らしの気ままな独身生活です。
母親の今後と、姉妹それぞれの生活の見通しを考え、相続した資産をどのように活用していくのか、計画を立てることも必要でしょう。
妹は、「事務仕事に慣れた自分が申告書類を作成する」と主張しているとのことですが、万一間違いがあり、税務署から指摘を受けてしまっては、それこそ大変です。税務調査のリスクのない申告書類を作成することは、手続きがスムーズなだけでなく、精神衛生上も有益であることから、提携先の税理士がサポートすることになりました。
申告期限まではまだ余裕がある佐藤さん家族ですが、将来の母親の相続で困ることがないよう、家族で情報共有しながら進めていくことになりました。
亡くなった方が、自分の子や孫の名義で預貯金を残しているのは珍しいことではなく、見つけた相続人たちが驚き、対処に迷うケースも見られます。しかし、亡くなった方のお金の流れを追えば、名義預金の存在は簡単に判明します。調査を受けることがないように、名義預金はきちんと申告を行いましょう。
相続税の申告には、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例といった項目を適用することができます。配偶者の生活や自宅を残せる配慮がされていますので、専門家のアドバイスを受けて活用することで相続税の負担は軽減することができます。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。