パナソニック改革と危機意識の持たせ方
■どのようにして危機意識を持たせるか
コッターの組織変革の8ステップをみてきましたが、一番重要なのが、第1ステップの「危機意識を生み出す」でした。ではどのようにして危機意識を抱かせたらよいのでしょうか?
それには、ストーリーテリングを活用する必要があります。
中村邦夫元社長によるパナソニック(2008年10月松下電産から社名変更)の改革を例にみていきましょう。
中村元社長が2000年6月に松下電産の第6代社長に就任し、「破壊と創造」という名のもと、早期退職制度の導入、事業部制の廃止等矢継ぎ早に様々な改革を断行しました。その結果、2002年3月の決算は連結最終赤字4,310億円という過去最悪の業績にいったん陥りました。その後改革を継続し、業績も徐々に回復し、2008年3月期には純利益が2,818億円となり、22年ぶりに最高益を更新するまでに復活しました。
中村元社長は就任当時、松下は、松下幸之助の「水道哲学」に基づき独立性の強い事業部制のもとで大量生産・大量販売の20世紀型のビジネスモデルにとらわれていて、改革が遅れており、「このままでは松下はつぶれる」と強い危機感を抱いていました。そこで2000年の10月には、「破壊と創造」をテーマにした中期経営計画「創生21計画」を発表したのです。
翌2001年度は、早期退職者募集を行いグループで1万3000人を減らしました。また、マーケティング本部を新設したり、家電流通改革を実行したりと矢継ぎ早の施策を行い、「破壊」を繰り返していきました。さらに2002年度からは事業部制を廃してドメイン別のカンパニー制を導入し、兄弟会社である松下電工等グループ会社を子会社化したりしました。そして最後の仕上げになったのが、パナソニックへの社名変更です。
グループで30万人もの社員がいると、一人ひとりに危機意識を持たせることは並大抵ではありません。しかし、社員に危機意識を持ってもらわなければ改革は進みません。中村元社長がグループ社員に危機意識を持たせるために仕掛けた(と思われる)ことをいくつかみてみましょう。
1つ目は、こんなまずいことが起こっているという実話を伝えることです。
中村元社長は、主力であるTV事業を引き合いに出してこんなエピソードを紹介しています。ソニーの平面ブラウン管テレビベガがヒット商品になっていた時のこと、松下のテレビ事業部長は、こう言い訳したといいます。
「当社の画面はナチュラルフラットです。ベガは平面なので、真ん中がくぼんで見えますが、当社はほぼ平面で絵が自然に見えるでしょう」と平然と言ってのけました。テレビ事業部長はその時全く危機感を感じていなかったふうであったというのです。これを聞いた中村元社長は、テレビ事業部長の危機感のなさに逆に大きな危機感を抱いたと言います。
このように社員に危機感を持たせるには、聞いたら「そんなバカな話があるか。」とか「そんなふうに思っているようじゃあだめだ。」とかびっくりしたり、呆れたりするような実話(エピソード)を紹介するのです。
2つ目は、「このままでは松下はつぶれる」という自分自身の危機感をデータと予測に基づいて伝えることです。
過去からの売上や利益の推移、主力事業のシェア推移などデータや事実に基づいて、今後起こりうることとそのトレンドを加味して予想し、このままいくと会社が潰れてしまうという危機感を伝えるのです。これは、日産でゴーン社長がリバイバルプランの発表の際に使った手法でもあります。
3つ目は、2002年3月期に過去最悪の赤字になった、という紛れもないまずい事実を内外に向けて明るみにしたことです。
「過去最悪」、過去に起こったことのないことが今起こっている、だから意識と行動を変えなければならないという強いメッセージになりました。
4つ目は「聖域を壊した」ことです。
松下は「経営の神様」とまで呼ばれた松下幸之助が作り育てた日本を代表する会社ですが、「創業者が作った経営理念以外はすべて破壊してよい」という大方針のもとに、その幸之助さんが手塩にかけて作り上げた事業部制を壊し、かつ終身雇用の大方針も転換して早期退職制度を導入したりしたのです。これらにより、聖域がないほどの改革が必要なのだということを社員に知らしめたのです。
このように社員に危機意識を持たせるには、いろいろな仕掛けを盛り込む必要がありますが、その中の一要素として危機意識を語るストーリーテリングを活用すると効果的です。
井口 嘉則
オフィス井口 代表
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