「自分のリスクを顧みない」イーロン・マスク
■私心を捨てろ。困難、逆境に負けないメンタルは「利他の精神」から生まれるんだ
起業家には、二つのタイプがある。
一つは流行りそうな事業を起こして、ある程度成功したところでどこかの企業に売却し、それなりのお金を手にしようとするタイプ。いわば「シリコンバレーゲームの勝者」を目指すタイプだ。
もう一つは「本物の企業」「世界を変える事業」などをつくり上げようという情熱から起業するタイプだ。
そして、後者の代表的存在がスティーブ・ジョブズであり、マスクだ。
マスクの関心は早くから「インターネット」「宇宙」「再生可能エネルギー」にあり、高校生の頃から「他の惑星への移住」を口にするほど筋金入りだ。
最初の起業はインターネット関連だが、そこで得た資金を「宇宙」や「再生可能エネルギー」といったもう一つの関心事に惜しげもなく投じている。
これはシリコンバレーの他の起業家たちから見てもかなり異質だったようだ。
元Zip2の役員で、一緒にXドットコムを立ち上げたエド・ホーはこう話している。
「そんなところも、マスクが普通の人間とは違う点です。自分のリスクなんて顧みない男なんですよ。ああいう賭けに出るとしたら、莫大なリターンがくるか、それともホームレスになるかのどちらかしかないですから」
ホーによると、当時の成功した起業家たちは、成功して一旦信用を確立したら、手元の巨額の資金はしまっておいて、その信用力で資金を集めて次のベンチャーに投資するという。マスクもZip2、Xドットコムを成功させているだけに、そこで得た巨額の資金は手元に置いたまま、信用で他の投資家から資金を集めることもできたわけだ。
しかし、マスクはそうしなかった。Zip2で得た資金の大半をXドットコムに投じ、ペイパルで得た巨額の資金の大半をスペースXやテスラに投じている。
その結果、今でこそ世界一の資産家となっているが、2008年頃には2つの会社が経営難に陥り、ホーのいう「ホームレス」になる瀬戸際にまで追い込まれている。
その頃のシリコンバレーの常識からいえば「奇妙な行動」だったが、かつてのインテルの創業者たちを知る人から見れば、マスクの「自分のお金と人生のすべてを賭けてすごい企業をつくろうとする」姿勢は尊敬に値するものだった。
マスクがリスクの高い事業を選び、すべてを賭ける理由はこうだ。
「技術の水準は常に向上し続けているわけではなく、時として落ちることもある。技術レベルが落ちないうちに能力を高め、火星や月に自給自足できる拠点をつくる必要がある」目指すのは大金持ちになることよりも「世界を救う」技術を「できるだけ早く、できるうちにつくり上げる」というのがマスクの考え方だ。こうも話している。
「私は投資家ではない。未来に必要な技術、有益な技術を実現したいだけなんだ」
マスクがビジネスに取り組んでいる目的は、とても明確だ。
「人口爆発」と「限りある資源」という2つの問題を抱える地球。
この地球環境を守るために持続可能なエネルギーを実現することと、人類の新しい環境を宇宙に求め、宇宙への移住を実現することだ。
しかし、マスクは決して悲観論者でもなければ、終末論者でもない。
では、なぜそれほどまでに電気自動車の普及やロケットの開発に懸命になるのだろうか? それは「リーダーの責務である」というのがマスクの考え方だ。
「今という時代に、私を含めこれからのリーダーや経営者にとって必要なものとは何でしょう? 明るい未来を信じられる仕事をつくること、それこそがリーダー自身の誇りにもつながっていくと思うのです」
今という時代は解決すべきたくさんの問題を抱えている。それらの問題を一朝一夕に解決することはできない。しかし、解決に向けて着実に歩を進め、その結果、「持続可能エネルギーの問題を解決し、別の惑星でも生きていける文明を築き、人類が複数の惑星にまたがって活動できるようになればいい」というのがマスクの考えだ。
そこにあるのは「世界一の金持ちになりたい」でも、「世界一の企業をつくりたい」でもなく、「人類のために明るい未来をつくりたい」という思いである。
大事を成し遂げるには強い情熱が欠かせない。その情熱は「自分は人々のために正しいことをやっている」という確信から生まれる。
こうした「私心のなさ」=「利他の心」こそが、強い情熱を生み、難局や逆境にも挫くじけないメンタリティを育む。