まともなコーポレートガバナンスは定着しない
■中途半端な株主資本主義
日本は、バブル崩壊を経て、反社会勢力を排除する商法改正に加え、先にも述べたように2000年代には「会社は株主のもの」という株主資本主義の方向に大きくかじを切ったことになります。では、徹底した株主資本主義かと言えば、なんとも中途半端さが拭えない株主資本主義でしかありません。
米国は根っからの株主資本主義です。株主総会では、昔から経営者は株主の質問に丁寧に説明します。そして株主は、もとより物を言います。より高い配当に結び付く高い利益を、経営者に求めます。より高い利益率を上げられる分野に投資して、利益を上げて株主の期待に応えるのが、最高経営責任者(CEO)本来の務めです。
1980年代前半、日本企業にシェアを奪われて苦境に立たされていた米自動車最大手のゼネラル・モータース(GM)のデトロイトでの株主総会を見に行ったことがありますが、最高経営責任者(CEO)の会長は絶え間のない株主の質問攻勢に対し、ひとりで何時間にもわたって答えていました。
先見性ある設備投資と優秀な人材を集め、将来の収益見通しを良くすることで株主の期待に応えられなければ、CEOは株主によってノーを突き付けられます。このビジネスモデルが米国流株主資本主義即ち新自由主義で、真に能力があり、リーダーシップと先見の明のある者でなければ、経営者は務まりません。
財務諸表を分析すればだれにでもわかる株主価値を基本的な尺度にする米国型経営は、透明度が高く公正だと評価できるのです。もちろん、株価さえ上げれば良いという強欲主義に陥りやすい負の側面もありますが、それが良くも悪くも米国式で、資本主義の活力を生み出します。
日本の株主資本主義は米国型とは似て非なるものです。
たとえば社外取締役にしても、日本と米国のあいだには考え方で大きな隔たりがあります。米国では1980年代以降、「コーポレートガバナンス」(企業統治)という言葉が盛んに使われるようになりました。
日本では、企業内部の不祥事を防ぐ仕組みがコーポレートガバナンスで、そのために社外取締役や社外監査役など「社外」から監視するというふうに解釈されています。先述した総会屋との腐れ縁にどっぷり浸かってきた反省からだと思います。
米国はそうではありません。
1990年代初め、米国のコーポレートガバナンス研究の専門家に、「何が社外取締役の最大の仕事なのか」と質問したことがあります。彼は、「株主のためになるCEOを選ぶことだ。CEOになっている会長や社長が自分に都合のいい後継者を選ぶことになると最悪だからだ」と答えました。
1980年代からは、株式市場を舞台に企業のM&Aが盛んで、株主が離反してしまえば、TOB(株式の公開買い付け)によって買収を仕掛ける勢力に会社が乗っとられる恐れが名門企業のあいだでも広がっていました。それを防ぐために考案されたのがコーポレートガバナンスで、要は株主価値を高められる経営トップがカギになります。社外取締役は経営陣ではなく、株主の代表なのだ、というのです。だから、IBMのような名門企業でも社外の人材をCEOに迎えるケースは枚挙にいとまがないほどです。
日本の場合、社外取締役には会長や社長が、付き合いのある外部の社長OBや著名な経営学者などを高い報酬で迎えることが圧倒的に多く、CEOは自身のお気に入りの後輩を後継者に選ぶことが普通です。こうした後継者は前任者の路線をまずは踏襲するのが普通で、社外取締役がそれに異を唱えることはほとんどありません。だれもがいわゆる空気を読み、空気に従うのです。そして不祥事が起きてもバレないように仲間内で隠蔽しようとします。総会屋に付け込まれやすい土壌は変わっていないようにも思えます。
ビジネススクールの著名教授なども大企業の社外取締役になっていますが、トップ人事には口を挟みません。企業側は体裁を整えるだけなのです。そんな企業に限って無能な経営陣が幅を利かせています。
「コーポレートガバナンスが日本企業では浸透していない」と説教調の某メディアの経営実態はどうかと言えば、社外取締役は社長のお友だちという具合で「オマユウ(お前が言うな)」で笑ってしまいます。そんな社外取締役では、とても株主価値の上昇は見込めないでしょう。それどころか、自社、子会社をふくめ、すべて経営幹部は本社社長のお手盛り人事で決まり、株主価値以前に企業そのものの価値が失われるでしょう。
株主資本主義の社外取締役制度も輸入してみたけれど、形をマネしただけで、その中身は日本の悪いところが残ったままになっています。経団連もアカデミズムもメディアもその擁護者です。これではまともなコーポレートガバナンスは日本に定着しません。
田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員
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