(※写真はイメージです/PIXTA)

社内DX推進において、自社に合ったシステムツール選びは自社の成長に関わる重要なプロセスです。不動産販売事業を経営する筆者・中西聖氏は、DXのためにシステム投資をしましたが、途中で断念すること。これにより2,000万円のコストが無駄になってしまいましたが、結果的には正解だったといいます。本記事では、筆者が自社で進めたDXプロジェクトの経験をもとに、DXのための設備投資について解説します。

2,000万円を失っても既存のツールを選んだワケ

(※画像はイメージです/PIXTA)
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重苦しい空気のまま会議は終わり、サイトウは無言のまま部屋を出て行った。ちゃぶ台をひっくり返された彼は、言いたいことはあるが言ったところで仕方がない。そんな気持ちだったのだろう。僕は会議室を出て行くサイトウの後ろ姿を見送った。

 

「仕方がないですよ」

 

振り返るとイワサキ※2が立っていた。イワサキはそう言ったが、僕はもう少し早く判断できたのではないかと思っていた。

 

※2 イワサキ:筆者の立ち上げた会社の社員。資金調達の業務全般を見ている取締役。また、筆者を中心としたDXプロジェクトチームのメンバー

 

「サイトウさんやDXチームに余計な苦労をさせてしまいました。また一つ、落とし穴にはまってしまったのだと……」

 

「それもいいんじゃないですか。経験して分かることもあるでしょうから」

 

イワサキが明るく言うのを聞いて、タフだなと思った。メンバーにタフさを求めてきたはずの僕が、気づけば最もひ弱な存在になっていた。

 

「それはそうと、今回の落とし穴は今までよりも高くつくかもしれませんね」

 

イワサキが言う。本格的な開発に向けて、A社とはすでに契約を交わしているはずだ。ツールの開発と実装は未着手とはいえ、契約が成立している以上は支払いが発生する。そのことを言っているのだった。

 

サイトウからの報告によれば、A社とは向こう4カ月分の人工を確保してもらっているはずだった。金額は確か2,000万円くらいだった。いくらか安くしてもらう交渉の余地はあるとしても、導入には至らなかった計画だけの開発のために、そこそこの金額を支払うことになる。ただ、不思議とそこに喪失感はなかった。

 

すでに投資し、回収できなくなったコストをサンクコストや埋没費用という。A社のシステム開発のために掛かったお金はまさにサンクコストだ。もちろん、経営的には痛手だ。DXチームが要件定義や開発に費やした時間を考えると実際の費用負担はさらに大きい。

 

しかし、ここで重要な問いは2,000万円と彼らが費やした時間の価値に見合う失策であったか、だと思う。僕は価値があると思った。

 

今回の経験を通じて、将来的な成長とそれに伴うシステムのあり方を考えた。これは貴重な知見だ。この先、ツールなどの選択やリプレイスで迷うことは何度もあるだろうが、そのたびに今回の経験が活きる。今後、M&Aなどによってグループ会社を増やす場合も、既存のCRMツールを拡張することによってデータややり取りを一体化できる。

 

そう考えれば、強がりに聞こえるかもしれないが、無駄な支出だとは思わない。言い換えれば、サンクコストにとらわれて目先の安価なシステムを選択することにより、将来性や成長性を捨ててしまうことのほうがもったいないということだ。

 

目先の2,000万円か、3年後の1億円か。冷静に考えれば2,000万円の損をしてでも、3年後に1億円の利益を得るほうがよい。僕は今回、最初の選択を間違えたことによって2,000万円とDXチームの労力を捨てることになった。ただ、そのおかげで1億円の利益を取り損ねるという落とし穴は回避できた。

 

「勉強代と思うしかないですよ」

 

イワサキはそう言って笑う。そのとおりだと思った。僕たちはことごとく落とし穴にはまる。その都度、お金が掛かっている。ただ、それも僕たちらしいのかもしれない。

 

本音をいえば、もっとスマートに落とし穴を避けながら進んでいきたい。しかし、僕たちは転んだりケガをしたりして学んでいく会社なのだろう。多少の痛い思いをして、次は気をつけようと思い、対策を考える。

 

大ケガはだめだ。挑戦が止まってしまう。しかし、ちょっとしたケガなら問題ない。ケガの程度でいえば、今回の僕の失策は軽い骨折くらいだろう。良いことではないが、挑戦の歩みを止めるほどのことではない。

 

結局のところ僕自身がそういうタイプで、それが社風になり、勉強代を払いながら知見と経験を蓄えていく会社をつくってきたのだなとつくづく思った。

 

〈DXの落とし穴〉

コスト最優先のツール選び
今の段階で必要とされる機能のみをコスト優先で採用すると将来的にリプレイスすることになるので中期的に見ると結果的にコストは高くなる。


〈教訓〉
ここではロードマップに設定されたゴール及び長期目標が手掛かりになる。将来的に、単にデジタル化が目的なのか、働き方さえも変えるアーキテクチャの実現なのか、データドリブンで圧倒的な生産性を実現するのか、今のビジネスをテクノロジーによって変革していくのか、経営戦略を踏まえたDXによるゴール及び長期目標によってどのような拡張性が必要かを考える。

 

 

中西 聖

プロパティエージェント株式会社

代表

 

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※本連載は、中西聖氏の書籍『DX戦記 ゼロから挑んだ デジタル経営改革ストーリー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集したものです。

DX戦記 ゼロから挑んだデジタル経営改革ストーリー

DX戦記 ゼロから挑んだデジタル経営改革ストーリー

中西 聖

幻冬舎メディアコンサルティング

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