ヨーロッパ、「環境対策」を武器に世界制覇を狙う!?…EUのスゴい戦略〈グリーンディール〉9つの項目

ヨーロッパ、「環境対策」を武器に世界制覇を狙う!?…EUのスゴい戦略〈グリーンディール〉9つの項目
(画像はイメージです/PIXTA)

EUの中期予算は7年の期間で作られており、多くの施策が複数年にわたって実施される。2019年に誕生したフォンデアライエン欧州委員会は、任期である2024年までの長期戦略を打ち出している。特に環境問題は2050年までの目標値があり,非常に長い期間を対象にした戦略となっている。※本記事は、東洋大学経済学部教授・川野祐司氏の『ヨーロッパ経済の基礎知識 2022』(文眞堂)より抜粋・再編集したものです。

環境問題への市民の関心が高まっているヨーロッパ

グリーンディールはフォンデアライエン欧州委員会が最も早く詳細を公表した政策であり、パリ協定(世界の平均気温を産業革命前に比べて2度以内の上昇に抑える国際的取り組み)や2030年に向けた国連の取り組み(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals:SDGs)の分野でも世界をリードしつつ、新技術の導入などで雇用や経済成長を促す政策である。

 

ヨーロッパでは環境問題への市民の関心が高まりつつあり、環境対策を望むデモも頻発している。ドイツなどでは環境保護を訴える緑の党が議席を増やしており、2019年の欧州議会選挙でも既存政党が苦戦する中で緑の党が議席を増やしたことも背景にある。

 

フォンデアライエン欧州委員会はグリーンディールを進める上で、あらゆる人々や地域を巻き込むことを重視しており、産業の高度化や創出といった経済的な問題だけでなく、地域政策もグリーンディールの一部として進めていこうとしている。グリーンディールには、「生物多様性」「農場から食卓へ戦略」「持続可能な農業」「クリーンエネルギー」「持続可能な産業」「建築と改修」「持続可能なモビリティ」「汚染の削減」「気候変動」の、9つの政策分野がある※1

 

※1 European Commission, The European Green Deal, COM (2019) 640 final;JETRO「欧州グリーン・ディールの概要と循環型プラスチック戦略にかかわるEUおよび加盟国のルール形成と企業の取り組み動向」『調査レポート』2020年3月。

 

[図表]グリーンディールの政策分野

 

①生物多様性

1番目の生物多様性は豊かな生態系を守るための政策であり、環境にやさしい農業・漁業を進めていくとともに、土壌、森林、失地を回復させ、都市の緑化を進めていく。2030年までに、陸地や海洋の少なくとも30%を法的な保護地域とすることを目指し(森林についての目標値も作成中)、有機農業の推進と生物多様性に富んだ農地の増加、2万5000km以上の河川を自然に流れる状態に戻す、ミツバチなどの花粉交配者を増やす、農薬の使用量を50%削減し農薬の有害性も低下させる、肥料の使用量20%削減、30億本の植樹などの目標を掲げている。

 

500種類の野鳥保護に関する鳥類指令と動植物の生息地を保護する生息地指令の対象となるなど生物多様性の維持に関わる地域は、Natura 2000に登録されている。各地の野生保護区などが登録されており、保護区管理者等の職で10万4000人分の雇用を生み出しており、関連業者でも7万人以上の雇用につながっている。

 

Natura 2000登録地域には年間60億ユーロ投資されており、将来は50万人の雇用を生み出すことが期待されている。

 

②農場から食卓へ戦略

2番目の農場から食卓へ戦略(From Farm to Fork strategy)では、農産物の生産現場だけでなく、流通、販売、消費、廃棄までの各段階で環境に配慮した経済活動を促す政策である。他の項目との重複もあるが、2030年までに農薬の使用量50%削減、肥料の使用量20%削減、畜産や養殖で使う抗生物質の50%削減、全農産物の25%で有機農業を行うなどの数値目標がある。

 

数値目標は生産面に偏っているが、消費者が安全な食品を選べるようにラベル制度の改革、食品廃棄物の減量(2023年に数値目標を設定)、Horizon Europeを通じた研究開発への投資なども行う。執筆時点では戦略に明記されていないが、子供から大人までを巻き込んだ消費者教育なども必要になる。

 

③持続可能な農業

3番目の持続可能な農業では、環境に配慮した農業の促進を図る。EUでは共通農業政(CAP)により農家の支援を行っているが、農家が支援対象になるためには持続可能な農業に取り組むなどの条件を満たさなければならなくなる。

 

条件の設定とともに、農家へアドバイスする仕組みを作り、新しい技術の普及を図る。今後、共通農業政策は持続可能な社会、持続可能な環境、持続可能な経済を軸に改革を進めていく。

 

④クリーンエネルギー

4番目のクリーンエネルギーでは、温室効果ガス※2を排出するエネルギーの利用を減らすための政策を行う。電力、燃料、冷暖房などに使われるエネルギー源には、石炭、原油(軽油やガソリンは自動車、重油は船舶や暖房に使う)、天然ガスなどの温室効果ガスを排出するものと、太陽光、風力、地熱(発電や暖房に用いられる)、原子力などの温室効果ガスを排出しないものがある。

 

※2 温室効果ガスは二酸化炭素、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、パーフルオロカーボン(PFCs)、ハイドロフルオロカーボン(HFCs)、六フッ化硫黄(SF6)などからなり、二酸化炭素に換算して排出量を計算している。

 

石炭は安価に得られるエネルギーだが、燃やすと温室効果ガスが排出されるだけでなく、二酸化炭素の1500倍の温室効果があるといわれているブラックカーボン(いわゆる煤(すす)のこと)やNOx(窒素酸化物)、SOx(硫黄酸化物)、PM(粒子状物質)なども排出され、大気汚染につながる。

 

EUはエネルギー制度統合戦略(EU Energy System Integration Strategy)を進め、より効率的で循環的なエネルギーシステムの構築、クリーンな発電、クリーンな燃料の普及を目指す。農業残渣(ざんさ)(野菜の食べられない部分など出荷されないもの)をバイオガスなどに活用すること、建物、輸送での再生可能エネルギーの利用促進、水素燃料を使った製鉄所などイノベーションの促進、炭素を回収してセメント材料などに使って固定すること、エネルギー消費についての表示の改善、スマートメーターの設置などを進めていく。

 

 COLUMN  ネオニコチノイド系農薬の禁止

 

農薬は農産物を害虫から守るために利用されるが、害虫を食べたり作物の生産に役立ったりする益虫や害をもたらさない生物まで駆除してしまう。21世紀に入ると世界各地でミツバチの減少が見られるようになり、ネオニコチノイド系の農薬が原因ではないかという研究が出てきている。イミダクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジンなどのネオニコチノイド系農薬は強力で長期間効力があることから、農薬だけでなくシロアリ駆除やノミ対策としてペットの首輪に使われることもある。

 

EUでは、2005年にネオニコチノイド系農薬を承認したが、その後、ミツバチへの悪影響が懸念されたことから、2018年にはイミダクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジンの屋外散布を禁止し、2020年にはチアクロプリドの承認を取り消した。アセタミプリドについてはミツバチへの影響が少ないとして2033年まで承認を続けることとなった。なお、日本では2010年代にネオニコチノイド系農薬の使用基準を緩和し、より多くのネオニコチノイド系農薬が使われるようになっている。

 

農産物の受粉に役立つ昆虫はミツバチだけでなく、マルハナバチなど100種類ほどいるといわれている。受粉をミツバチだけに頼るのはリスクが大きく、様々な昆虫を保護することは生物多様性の実現だけでなく、安定的な農業生産にも寄与することとなる。

 

「持続可能な産業」「建築と改修」「持続可能なモビリティ」「汚染の削減」「気候変動」については、次回の記事で紹介する。

 

 

川野祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授

 

ヨーロッパ経済の基礎知識 2022

ヨーロッパ経済の基礎知識 2022

川野 祐司

文眞堂

2020年代の最新のヨーロッパ経済を分かりやすく解説したテキスト。全ページカラーでグラフや写真が見やすくなりました。41の国・地域をカバーし、各国の経済・社会・文化・観光など幅広く解説。EUの仕組みと経済政策から、最新…

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