綿棒も、キャンディの包み紙も使用禁止!…EU「徹底した環境対策」に垣間見る、経済成長&地域政策への熱度

綿棒も、キャンディの包み紙も使用禁止!…EU「徹底した環境対策」に垣間見る、経済成長&地域政策への熱度
(画像はイメージです/PIXTA)

EUのフォンデアライエン欧州委員会が最も早く詳細を公表した「グリーンディール」は、パリ協定やSDGsの取り組みの分野でも世界をリードしつつ、新技術の導入などで雇用や経済成長を促す政策だ。経済的な問題だけでなく、地域政策もグリーンディールの一部として進めていこうとしている。※本記事は、東洋大学経済学部教授・川野祐司氏の『ヨーロッパ経済の基礎知識 2022』(文眞堂)より抜粋・再編集したものです。

市民による、環境問題への関心の高まり

グリーンディールはフォンデアライエン欧州委員会が最も早く詳細を公表した政策であり、パリ協定(世界の平均気温を産業革命前に比べて2度以内の上昇に抑える国際的取り組み)や2030年に向けた国連の取り組み(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals:SDGs)の分野でも世界をリードしつつ、新技術の導入などで雇用や経済成長を促す政策である。

 

ヨーロッパでは環境問題への市民の関心が高まりつつあり、環境対策を望むデモも頻発している。ドイツなどでは環境保護を訴える緑の党が議席を増やしており、2019年の欧州議会選挙でも既存政党が苦戦する中で緑の党が議席を増やしたことも背景にある。

 

フォンデアライエン欧州委員会はグリーンディールを進める上で、あらゆる人々や地域を巻き込むことを重視しており、産業の高度化や創出といった経済的な問題だけでなく、地域政策もグリーンディールの一部として進めていこうとしている。グリーンディールには、「生物多様性」「農場から食卓へ戦略」「持続可能な農業」「クリーンエネルギー」「持続可能な産業」「建築と改修」「持続可能なモビリティ」「汚染の削減」「気候変動」の、9つの政策分野がある※1

 

※1 European Commission, The European Green Deal, COM (2019) 640 final;JETRO「欧州グリーン・ディールの概要と循環型プラスチック戦略にかかわるEUおよび加盟国のルール形成と企業の取り組み動向」『調査レポート』2020年3月。

 

今回は、『ヨーロッパ、「環境対策」を武器に世界制覇を狙う!?…EUのスゴい戦略〈グリーンディール〉9つの項目』に引き続き、「持続可能な産業」「建築と改修」「持続可能なモビリティ」「汚染の削減」「気候変動」について解説する。

 

グリーンディールの政策分野

 

⑤持続可能な産業

5番目の持続可能な産業では、製品の生産、流通、消費、廃棄までのライフサイクルを通じた環境対策を行う。他の政策分野との重複が多く、循環型経済への移行、ごみの削減、電子機器の高寿命化、繊維製品のリサイクルなどに取り組む。

 

⑥建築と改修

6番目の建築と改修では、建物の省エネ化や建設現場での環境負荷抑制に取り組む。建物の建設には膨大な資源とエネルギーが必要であり、ヨーロッパでは社会全体のエネルギーのうち40%を建設部門が消費しているとされている。建物のエネルギー効率の改善、循環型経済を意識した建物デザインの普及などに取り組む。

 

⑦持続可能なモビリティ

7番目の持続可能なモビリティでは、運輸部門から発生する二酸化炭素を2050年までに90%削減する。

 

利用形態別の二酸化炭素排出比率は2017年時点で、道路(自動車、トラックなど)71.7%、空路13.9%、水路13.4%、鉄道0.5%、その他0.5%となっている。船舶や自動車などで天然ガスなどの環境負荷の低い燃料への切り替え、電気自動車の普及、交通システムの近代化、航空業界への排出権取引の適用などを進めていく。

 

自動車などの乗り物は停止している状態から動き出すまでが最もエネルギーを消費する。信号の最適化を図ることで自動車やトラックのエネルギー消費を減らすことができる。将来は自動運転が普及するため、自動運転時代に合わせた交通システムや交通サービス(Mobility as a Service:MaaS:マース)の開発も必要になる。温室効果ガスを排出しない航空機の市場を2035年にスタートさせる目標も立てている。

 

電気自動車には、電気のみで走るバッテリーカー(本連載ではEVと表記する)と、電源からの充電に加えてガソリンなどの化石燃料を使って発電して充電できるプラグインハイブリッド(PHEV)がある。プラグインハイブリッドは充電が切れそうになると化石燃料を消費するため厳密には電気自動車とは言えないが、充電を怠らなければ化石燃料は使わないで済む※2。EUは2030年までに電気自動車(水素車も含む)を乗用車で3000万台、トラックで8万台走る状態にし、充電スポットを100万カ所設置する目標を立てている。

 

※2 日本で普及しているハイブリッドカー(HV)は電源からの充電ができず、全てのエネルギーを化石燃料から取っていることから、国際的な基準では環境にやさしいエコカーとして認められていない。

 

2020年時点でEVとPHEVを合わせて約255万台が登録され、2019年に比べて77万台増えているが、自動車全体に占める割合はEVで0.48%、PHEVで0.39%とほとんどゼロといってよい。現在のペースでは2030年の3000万台は厳しい目標だが、それを達成したとしても普及率は約10%に過ぎず、道路から排出される二酸化炭素の削減は困難だといえる。

 

注:EU+EFTA+イギリス+トルコの数値,2020年は1-11月までの累計。 出所:European Alternative Fuels Observatory.
[図表1]電気自動車の累計登録台数(万台) 注:EU+EFTA+イギリス+トルコの数値,2020年は1-11月までの累計。
出所:European Alternative Fuels Observatory.

 

新車販売に占める電気自動車の割合は、EU全体で見てEVで4.2%、PHEVで4.3%と低い水準にとどまっているが、ノルウェー71.6%(EVとPHEVの合計)、アイスランド47.0%、スウェーデン28.9%と北欧での普及率が高まりつつある。ドイツやフランスは2019年までの新車販売は少なかったが、2020年に販売数が急増した。化石燃料車の販売禁止(ノルウェー2025年、イギリス2030年、フランスとスペイン2040年)や電気自動車に対する優遇措置※3が販売を後押ししている。

 

※3 ノルウェーでは電気自動車は付加価値税(VAT)免除、有料道路の無料通行、バスレーン走行許可などの優遇措置がある。オランダでは電気自動車の商用車に優遇税制があり、オーストリアでは高速道路の一部区間で電気自動車の制限速度が化石燃料車よりも高く設定されている。

 

一方で、南欧や東欧では販売が少ない。電気自動車のシェア上位には、Renault Zoe(2020年の販売シェア9.3%)、Tesla Model 3(5.1%)、Hyundai Kona(3.4%)などテスラを除くと小型車が多いが、電気自動車は価格が高く十分に価格が安い中古車も出回っていない。所得の低い人々にとっては電気自動車の購入ハードルが高く、化石燃料車の禁止は低所得者の自動車利用を禁止することと同じ意味を持つ。

 

注:2020年11月時点。 出所:European Alternative Fuels Observatory.
[図表2]電気自動車の新規販売シェア(%) 注:2020年11月時点。
出所:European Alternative Fuels Observatory.

 

⑧汚染の削減

8番目の汚染の削減では、市民と生態系を守るために大気、水、土壌の汚染を防ぐ。水、大気、産業、化学物質の4分野の対策からなる。水の分野では、湖沼、河川、海洋の生物多様性の保護、農場から食卓へ戦略による過剰栄養の削減、マイクロプラスチックや医薬品による汚染の削減を目指す。

 

大気の分野では、世界保健機関(WHO)の基準に沿った大気質基準の見直し、地方自治体への支援を行う。産業の分野では、大規模な産業施設からの汚染の削減、工場などの事故の削減を目指す。化学物質の分野では、毒性物質の削減のための新化学物質戦略の構築、持続可能な代替品の開発、グローバルな競争力を向上させつつ健康を保護すること、市場で販売される製品に含まれる物質に関する規制の改革を行う。

 

EUは2018年に使い捨てプラスチック削減指令(Single-use plastics Directive)を採択し、2021年に施行される。ヨーロッパでは年間2800万トン以上のプラスチックが廃棄されており、31%が埋め立て、39%が焼却処分されている。プラスチックが海洋に流れ出ると波と紫外線の作用で細かい粒となり、5mmよりも小さくなるとマイクロプラスチックと呼ばれる※4

 

※4 日焼け止めクリームや一部の化粧品にはマイクロプラスチックが配合されており、海辺で使うとマイクロプラスチックを流出させることになる。ヨーロッパではマイクロプラスチックを含まない製品の開発が進んでいる。

 

マイクロプラスチックは海洋だけでなく土壌からも人体からも検出されており、人間を含めた動物への影響が懸念されている。使い捨てプラスチック削減指令では、綿棒、カトラリー(スプーン、ナイフ、フォークなど)、風船、食品容器、カップ、ペットボトル、たばこのフィルター、ビニール袋、飴などの包装、衛生タオルと生理用品の10種類の製品について使用禁止、リサイクル率の向上、浜辺などでの清掃費用の負担などの規制が課せられる。海洋に流出するプラスチックの大部分は漁具であるため、漁具の廃棄に関する規制も強化される。

 

ペットボトルに関しては、ドイツや北欧諸国などでデポジット制度がすでに導入されている。ペットボトル飲料を購入する際にデポジット料金を追加で支払い、飲み終わった後にボトルを返却するとデポジットされたお金が戻ってくる。

 

大型スーパーには下記の図表のような回収機が設置されており、購入した店でなくてもペットボトルの返却ができる。回収機ではバーコードを読み取るため、日本のようにラベルをはがすと返金されなくなってしまう。なお、現時点ではデポジット制度は国ごとに運用されているため、ドイツで買ったペットボトルをエストニアで返却することはできず、購入した国でしか返金してもらえない。

 

[図表3]ペットボトルのデポジット※5

 

※5 左の「PANT」がデポジット。デポジットの金額は1スウェーデンクローナ。右は回収機。ペットボトルを左側の機械に入れるとバーコードを読み取り金額が表示される。緑のボタン(多くの国でBONと書かれている)を押すとバーコード付きレシートが出て、レジで換金してもらえる。ペットボトルだけでなく缶や瓶もデポジットの対象になっている。

 

⑨気候変動

9番目の気候変動では、欧州気候法(European Climate Law)により2050年までに実質的なカーボンニュートラルを実現すること、欧州気候協約(European Climate Pact)を通じて市民や社会の全ての参加者を気候変動問題に巻き込むこと、2030年気候目標計画により2030年の温室効果ガス排出量を1990年比で55%削減することを目指す。

 

欧州排出権取引制度(EU Emissions Trading System:EU-ETS)の改革、排出権取引制度に含まれない輸送、建設などの部門でも加盟国による排出目標設定、エネルギー効率の向上、再生可能エネルギーの利用増加、低炭素を実現する技術開発、オゾン層の保護などに取り組む。

 

欧州排出権取引制度は2005年に開始され、2005-2007年を第1フェーズ、2008-2012年を第2フェーズ、2013-2020年を第3フェーズとし、制度を徐々に整えてきた。2021-2030年は第4フェーズに入る。EU27カ国とEEA3カ国が参加し、発電所や産業プラントなど大量にエネルギーを消費する域内1万1000の施設や航空業が対象となる。EUは毎年、EU+EEA全域を対象に年間の排出枠の上限を設定する※6。各企業は自社の年間排出量を予想して排出枠をオークションで購入する。購入した排出枠を超えると1トン当たり100ユーロの罰金が科される※7

 

※6 EU-ETS では二酸化炭素に加えて窒素酸化物とパーフルオロカーボンを対象にしており、二酸化炭素に換算した排出量1トンを1EUA(EU Allowance)という単位で表している。2021年の排出枠の上限は約15億7000万EUAであり、2022年以降は排出枠の上限が毎年2.2%削減される。

 

※7 第3フェーズまでは、航空業には排出枠の大部分が無料で取得できるという優遇措置があったが、第4フェーズでは優遇措置が廃止される。

 

1年で1万2000トンの二酸化炭素を排出する予定で1万2000トン分の排出枠を購入した企業が1万3000トンの二酸化炭素を排出すると、1000トン×100ユーロ=10万ユーロの罰金を支払うか、他の企業から1000トン分の排出枠を購入しなければならない。一方で、実際の排出量が1万トンだった場合は、余った2000トン分の排出枠を翌年に繰り越したり他の企業に売却したりできる。オークションの売上金や罰金はEUの収入になる。二酸化炭素では電力、石油精製、製鉄、セメント、石灰、セラミック、パルプ、有機化学、航空業など、窒素酸化物では硝酸、グリオキシル酸などの生産企業、パーフルオロカーボンではアルミニウム精錬企業が対象となる。今後は対象業種の拡大が見込まれる。

 

EU域内での温室効果ガスの排出規制が厳しすぎると、一部の企業はEU域外に移転して生産するかもしれない。また、EU製品は排出規制の緩い国からの製品との競争で不利となる。排出規制の緩い国から製品を輸入するのは、EU域外から温室効果ガスを輸入することと同じであり、これをカーボンリーケージ(carbon leakage)という。この問題に対処するために、EUは炭素国境調整メカニズム(Carbon border adjustment mechanism)を整備しようとしている。

 

温室効果ガス排出量の多い国からの輸入品に対して炭素税を課すものであり、EU域外国に対して環境対策を促す手段になりうる。2024年の導入を目指しているものの、技術的(例えば、輸入製品がEU製品に比べてどれくらい多くの温室効果ガスを発生させているのか製品ごとに数値化するのが困難)にも政治的にもハードルが高い。

 

グリーンディールでは数多くの目標が掲げられているものの、具体策が決まっていないものも多く、2023年頃には全体像が見えてくるだろう。目標を達成するためには様々な分野で新しい技術を導入する必要があり、研究開発の促進、新技術の導入費用の支援、効果測定などやるべき内容も多く、資金の確保も必要になる。

 

 COLUMN  循環型経済への移行

 

EUは2015年に循環型経済行動計画を採択し、2020年に新しい循環型経済行動計画を採択した。自動車にガソリンを入れて走ると、ガソリンは運動エネルギーに代わって車を動かし、廃熱や排気ガスは大気中に放出される。ガソリンは生産、利用、廃棄を一度ずつ経過するが、この様子を循環型(circular)と対比して直線的(linear)という。金属などの資源、原油などの燃料、衣服などは直線的に利用されることが多く(衣服に使われた繊維は1%しかリサイクルされていない)、資源を1度しか利用できていない。

 

GROOFプロジェクトでは、建物内の暖房で利用した熱を再利用して植物の生育に充てている。エネルギーを2度しか利用していないが、社会全体のエネルギー使用量を減らすことにはつながる。金属はきちんとリサイクルすれば何度も利用することができる。PCなどの電気製品も頻繁に買い替えるのではなく、部品の交換で拡張できるようにして製品のライフサイクルを長くすることも循環型経済行動計画に含まれる。将来、流行を煽って服を次々に買わせるようなビジネスモデルは禁止されるかもしれない。

 

使い捨てプラスチック削減指令も循環型経済行動計画の一環である。プラスチックはペレットの状態から過熱して成型すると再成型できなくなるが、使用済みプラスチックを再びペレットに戻して再成型できるようにするケミカルリサイクルの実験が進んでいる。木材パルプ、トウモロコシなどの植物、牛乳のたんぱく質、甲殻類の殻などを原料にした代替プラスチックの研究も盛んであり、製品化しているものもある。


 

川野祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授

ヨーロッパ経済の基礎知識 2022

ヨーロッパ経済の基礎知識 2022

川野 祐司

文眞堂

2020年代の最新のヨーロッパ経済を分かりやすく解説したテキスト。全ページカラーでグラフや写真が見やすくなりました。41の国・地域をカバーし、各国の経済・社会・文化・観光など幅広く解説。EUの仕組みと経済政策から、最新…

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