市民による社会問題提起の背後に「経済面の不安」
2010年代には、ヨーロッパ市民の間でEUへの反発が高まった。金融危機の直後には、債務問題に対して支援する側では支援そのものに反対する意見が高まり、支援を受ける側では構造改革などの支援の条件に反発が高まった。EUの経済ガバナンスやユーロの存在も反発の対象となった。
2015年に182万人の難民がシリアなどからEUに流入すると、当初は難民を歓迎する意見もあったが、次第に反難民の声が高まり、難民に寛容なEUや加盟国政府への批判が高まった。
イギリス(UK)ではポーランド(PL)などからのEU域内移民の流入に不満が高まり、2016年の国民投票でEUからの脱退票が過半数を占め、イギリスは2020年1月にEUから脱退した。
2010年代後半になると市民の不満は自国政府に向けられるようになる。
フランス(FR)やハンガリー(HU)では労働市場改革、ポーランド(PL)では情報統制、南欧諸国では小規模ではあるものの反観光を掲げたデモが頻発した。環境対策への抗議活動もヨーロッパで幅広く見られ、2020年には感染症対策がテーマとなった。大衆迎合的な政策を掲げる政党は、欧州議会選挙でも各国の議会選挙でも勢力を伸ばし続けている。
これらのデモは、その時々の社会問題に対する市民の意見表明ではあるものの、背後には経済面の不満がある。
2010年代「職に就けない男性」増加の理由
ここでは、雇用の面から2000年代と2010年代を比較してみよう※1。
※1 川野祐司「「深化」というEUのグローバル化は有効か」『反グローバリズム再考:国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究』「世界経済研究会」報告書、2020年、日本国際問題研究所、pp.57-74。;Katalin Bodnár, Labour supply and employment growth, ECB Economic Bulletin, Issue 1/2018, pp.35-59.;Katalin Bodnár and Carolin Nerlich, Drivers of rising labour force participation - therole of pension reforms, ECB Economic Bulletin, Issue 5/2020, pp.100-123.
図表1は年代別・性別の雇用数の変化を見たものである。三角のマーカーが雇用数の増減を表しており、棒グラフは人口の増減を示している。2000年から金融危機が起きた2008年までとそれ以降を比較している。便宜上、2008年までを2000年代、それ以降を2010年代と呼ぶことにする。
全体の数字を見ると、2000年代には人口の増加を上回る雇用が生み出されており、雇用の増加は鈍っているものの2010年代にも同じ傾向が続いている。
一見、21世紀は市民にとっていい時代のように見えるが、男女別にみると異なる姿が見えてくる。男性は2000年代には雇用増が人口増を上回っているが、2010年代には雇用の増加よりも人口の増加の方が大きくなっており、職に就けない男性が増加していることを示唆している。2010年代の経済は、男性にとって厳しいといえる。
次に、図表2で年齢別により詳しく見てみよう。少子化の影響で若い世代の人口が減少しており、2010年代には少子化の影響が35-44歳にまで波及している。
44歳までの男性は2010年代に人口減少よりも雇用減少の方が大きく、年齢が下がれば下がるほど両者の差が大きくなっている。44歳までの女性の雇用も減少しているが、雇用の減少は人口の減少ほどではなく、雇用環境の悪化にはつながっていない※2。一方で、45歳以上は2010年代も雇用が増加している。特に女性は人口増を上回って大幅に雇用が増加しており、図表2にはないが、55-64歳の女性は人口増加率16%に対して雇用増加率は61%に達している。
※2 15-24歳の女性は雇用が大きく減少しているが、この背景には女性の高学歴化があり、働く女性が減ったことで求人も減ったとみられる。
◆年金改革による就労期間延長が、若年層の雇用を奪う
このような現象の背景の1つに、EU各国が進めている年金改革がある。20世紀には50歳代後半で引退することも珍しくなかったが、21世紀には各国で年金改革が行われ、年金受給開始年齢が引き上げられている。これまで働いていなかった高齢の女性たちが新たに労働市場に参入したことにより、この層の雇用数が大幅に上昇した。
図表2を見ると、高齢者が若年層(25歳未満)や若い世代の雇用を奪ったようにも見える。これを、労働塊の誤謬というが、高齢の女性は若い世代が望む企業のフルタイムの職ではなく、地方政府が運営する施設などでのパートタイムに就いていることが多く、世代間で職を奪い合っているわけではないとされている。ただし、ヨーロッパでは年金改革が進み、退職年齢が上昇している。これが若年層の雇用に悪影響を与えている可能性がある。
◆技術革新で雇用が激減/大卒者の増加で、高卒者の仕事が奪われる形に
金融危機以降、AI(人工知能)、RPA(PC上で働くロボット)などの新しい技術の導入が進み、デジタル化も進んだ。工場でも新しい技術が導入されて、職人技が不要になるインダストリー4.0の取り組みも進められている。様々な産業用ロボットが普及し、現場の作業員が実質ゼロ人という工場も登場している。プログラマーなど需要が増えている職種もあるものの、全体としては、新しい技術が雇用を減らしている。
高い技術力を持つ労働者を高スキル労働者というが、2020年代も高スキル労働者への需要が増える一方で、低スキルや中スキルの労働者への需要は減少していくと予想される。高いスキルを身に付けるためには質の高い教育を受ける必要があるが、ヨーロッパでは大学生が増加しつつあり、大学生の間での就職競争が激しくなっている。需要を上回る供給の結果、大卒の人々が高卒の仕事をするようにもなってきている。また、大学生の増加に伴って学生の質の低下が問題になってきており、大学を卒業しても高スキル労働者としての実力を身に付けていないことも就職状況を悪化させている。
◆少子化対策が奏功しても、成長後の雇用環境は一層厳しく
ヨーロッパの全ての国で少子高齢化が進んでおり、フランス(FR)など出生数を増やす政策を進めている加盟国もあるが、生まれてきた子供たちが成人する頃には新しい技術の導入がさらに進み、労働市場の厳しさが増していると予想される。
子供の数が増えてもパートタイマー、失業者、無業者になってしまえば経済に悪影響を与え、社会不安にもつながる。人口の増加は環境負荷を高めることにもつながる。マクロ経済学では人口が増えれば増えるほど経済成長につながるとされているが、人口と経済の関係を見直す時期に来ているといえるだろう※3。
※3 川野祐司『これさえ読めばサクッとわかる経済学の教科書』文眞堂、第18講。
川野祐司
東洋大学 経済学部国際経済学科 教授