苦い経験を通して手にした大金を再投資
■「地獄の底をのぞく」ほどの絶望を「がんばる力」に変えて突き進め!
マスクの経営者としての特徴の一つは「危機を何度も経験し、いつも乗り越えてきた」ところにある。
Zip2やXドットコム時代を振り返って、こんな言葉を口にしている。
「ガラスを食べ、地獄の底をのぞき込む毎日」
Zip2では「お金がない」大変さを嫌というほど経験している。
Xドットコムでも、合併相手であるコンフィニティ社の創業者ピーター・ティールたちと権力闘争の末、CEОの座を奪われるという苦い経験をしている。
しかし、この時マスクは憎しみと復讐心から新たな権力闘争を挑んだり、短気を起こして会社を辞めるという選択をしなかった。
その結果、マスクはペイパルの売却によって驚くほどの大金を手にすることができた。マスクにしては珍しく自制心が働いたわけだが、この時の苦い経験がトラウマになったことで「遮二無二働く姿勢」がさらに加速することとなった。
さて、こうした苦い経験を通して手にした大金を、マスクはスペースXとテスラ、太陽光発電のソーラーシティへと注ぎ込んでいく。
しかし、ここで考えてほしい。
Zip2を売却した時は2200万ドル、ペイパルを売却した時は1億6500万ドル、2社合計で1億8700万ドル(約252億5000万円)もの大金を手にしたら並みの人なら「後は悠々自適に」と考えるだろう。
しかし、マスクは違った。
「これまで以上に厳しい生き方」を選ぶのだ。
そして、こういう生き方をしてしまうことを、マスク自身も自覚していた。
2人目の妻タルラ・ライリーに結婚を申し込むにあたり、大きな指輪を渡して真剣にプロポーズしているが、この言葉を付け加えることも忘れなかった。
「僕と一緒になるということは、苦難の道を選んだことになる」
2003年、マスクはリチウムイオン電池を使って、電気自動車をつくりたいと動いていた。その時J・B・ストラウベルと出会い、1万ドル(約135万円)の出資を約束している。
ちょうど同じ頃、同じようなアイデアを持つマーティン・エバーハードとマーク・ターペニングがテスラモーターズを立ち上げていた。
マスクはこの会社にも強い関心を示し、即座に650万ドル(約880万円)の出資と会長への就任を承諾している。
テスラにはしばらくしてストラウベルも加わり、電気自動車の開発が本格的にスタートすることとなったが、ここでもスペースX同様、マスクは大変な苦労を強いられることになる。
2004年10月、電気自動車の開発が本格的に始まり、2006年7月には「ロードスター」の試作車が完成、マスクは2007年半ばにはロードスターの出荷を開始すると明言した。しかし問題が続出し、いつものように計画は遅れに遅れる。
解決すべき課題は山のようにあり、人事の問題で社内もゴタゴタするなど、スペースX同様に、テスラでも資金が底をつきかけるという難局に突き当たった。
それでも2008年にはなんとかロードスターの発売にこぎ着け、2010年にはテスラの株式公開を実現、大きな成功を手にする。
しかし、話はここで終わらない。
ロードスター発売後は、「大衆車の量産化」という自動車会社にとって最も難しい課題に悩まされることになった。
ロードスターのような格好いい車を少数つくることはできても、何十万台もの車をなんの問題もなく量産するのは別問題で、とても難しい。
そしてそれはマスク自身が「いまだに片足は地獄に突っ込んだままだが」と振り返るほど厳しいものになっていく。
だが、ここでもマスクは工場に泊まり込んで陣頭指揮を執るなどのがんばりを見せることで2018年7月1日、ついに「週5000台生産」を実現する。
この粘り強さは見事としか言いようがないが、それにしても、なぜマスクは厳しい状況にあっても諦めずに進み続けることができるのだろうか。
マスクについて、ある人がこう評している。
「どんなに厳しい状況でも生き残ってきた。働き続け、集中し続けた」
すさまじいプレッシャーにさらされると、多くの人は判断ミスをしたり、諦めてしまうものだが、マスクがすごいのは諦めないで努力し続けるメンタリティを持っていることだ。学生に向けて行った卒業スピーチで、こう話している。
「暗闇のような日々の中で、絶望はがんばろうという強烈なモチベーションにつながります。もしあなたの会社が大きな借金を抱えているなら、それは強いやる気にもなります」
まさに「鋼のメンタル」の持ち主である。
「地獄の底をのぞく」ほどの逆境にあってさえ、絶望を「がんばる力」に変えて、乗り越えていく。
これこそマスク流「鋼のメンタル」仕事術である。
桑原 晃弥
経済・経営ジャーナリスト
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