歴史の転換点―新型コロナウイルスとウクライナ侵攻
世界的にみてインフレ率は1980年代からゆっくりと低下してきました。金融引き締めや経済のグローバル化、原油などの一次産品の価格低下がその大きな要因とされています。
これは「ディスインフレーション」といえる状況でした(なお、「デフレ(デフレーション)」については、第二次世界大戦後では、1990年半ばに日本で発生するまで、先進国で観察されたことはありませんでした)。
そのディスインフレーションの流れがここ最近で大きく変わりました。2021年春頃から、欧米諸国ではインフレが加速し始めます([図表1])。きっかけは2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の流行です。
新型コロナウイルスによるパンデミック(感染爆発)は経済の需要と供給の両サイドに大きな影響を及ぼしました。
具体的には、サプライチェーンの制約と労働市場の混乱、ペントアップ需要(繰越需要=購買行動を一時的に控えていた消費者の需要が、一気に回復すること)、そして、大規模な金融緩和と財政出動です。
これらに、2022年2月に勃発したロシアによるウクライナ侵攻と長期的な脱炭素化の動きが加わり、世界でインフレが高進しています。ここでは、それぞれの要因についてみていきましょう。
まず新型コロナウイルスによるパンデミックは、経済の供給サイドに大きなダメージを与えています。
パンデミック初期には、感染流行を防止するために都市封鎖(ロックダウン)や移動制限などの措置がとられましたが、これらは様々なサプライチェーンに深刻な混乱を与え、短期的な供給不足が生じました。
現在これらの混乱の多くは解消しているものの、2022年には習近平指導部による「ゼロコロナ」政策により中国でサプライチェーンが寸断されるなど、一部の地域では、コロナ感染拡大が新たな圧力を供給サイドに加えています。
また、新型コロナ危機は労働供給にも大きな影響を与えました。コロナ禍の開始から2年以上経過した今でも、パンデミックによる労働市場の混乱が続いています。労働参加率は、複数の国で現在もパンデミック前の水準を回復していません。
先進国のなかで特に大きな影響を受けたのがアメリカです。コロナ禍から経済が回復するなかでも、労働参加率はパンデミック前の水準を1.5%ほど下回っています。
アメリカで労働市場に人が戻ってこない理由としては、特に、労働市場でのミスマッチや、母親と高齢者の退職が指摘されています。
今後、労働市場に人が戻ってくるかどうかについては専門家の間でも意見が分かれています。米ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授は、雇用不足は続き、当分の間はアメリカのインフレ圧力に寄与すると主張しています。