コミュニケーションが変わればすべてが変わる
「あちらを立てればこちらが立たない」といった複雑な因果関係のなかで新たな構想を掲げ推進するには、さまざまなレイヤーでの「泥臭い対話」が必要です。対話とは、単なる会話や議論・討論とも異なり、「対話参加者それぞれの現状に対する意味付けを確認し合い、その意味付けを更新していくことで、新たな未来を創造する取り組み」と定義します。
DXのような不確実性の高い活動においては、以下の「3つの対話」のカルチャーが根付いているかどうかが成功確率に明確に影響します。
1.【自己認識】自分との対話:リフレクション
組織を構成するメンバーが各自に取り組む内省。外部に正解を求めるのではなく、自らの経験を振り返る事で軸を見出し、未来につなげます。
2.【心理的安全】チーム内での対話:ダイアローグ
組織を構成するメンバーがリフレクションを相互に開示しあい、そこにフィードバックを実践し合うことで、現在地を確認しながらチームや組織を進化へと向かわせます。
3.【共創・構想】外部との対話:イノベーション
組織内での充分な対話の文化を拡張した、顧客、得意先、取引先、外部関係者とのダイアローグが、イノベーションの原動力となります。
この3つの対話は同時進行することも可能ですが、可能な限りこの順番で実践することを推奨します。具体的なアクションとして、そのビジョンに照らし合わせた「課題の現場」に入り、課題当事者である社内の業務担当者や顧客の気づきに触れることが必須なため、ここで、この課題現場の観察や顧客へのインタビューを通じ、取得された情報やデータから気づきをチーム内で共有する場面を題材に「3つの対話」の重要性を説明していきます。
まず、とにかく重要になるのは、課題当事者の「自己認識」です。課題当事者が「成し遂げたいこと」「ありたい姿」といった本音・本心を見出し、そこに共感・共鳴することを起点とするアプローチはデザイン思考として体系化されています。しかし、このような取り組みでは、課題当事者が「自らのありたい姿」に自覚的でない限り、響き合うことはありません。変革を志すのであれば、まずは自らと深く向き合う必要があります。
続いて、課題当事者へのインタビューや観察によりうまく気づきが見いだされたとして、それに基づき具体的なアクションに進む際、チーム内の「心理的安全性」が問われます。ちょっとした気付きを遠慮せずに話せるかどうか、それに対して忌憚ないフィードバックができるか。ここに遠慮があると表面的で無難なテーマやアイデアしか出てこない状況に直面します。
※実は程度の差はあれど、このような「遠慮」はあらゆる文化で蔓延している問題で、その経済的損失は全世界で数十億ドルにもなるとする研究もあります。(Kenji Yoshino(2007)Covering:The Hidden Assault on Our Civil Rights,Random House)
取り組むべき課題を見出し、解決策を構想できたら、それをどのように課題当事者に提示し、共創的な取り組みに発展させられるかが、最終的なプロジェクトの成否に大きな影響をおよぼします。ここもアジャイル開発、あるいはリーンスタートアップ的にテストと振り返りを繰り返す対話的なアプローチが求められることは、テクノロジー業界では常識となりつつあるでしょう。データやデジタル技術の専門家との対話もこのようなソリューションの構築段階でこそ、その重要性が高まります。
DXにおけるデータやデジタル技術の活用も、抽象化して捉えるとその多くが、社会にはびこる「画一的・一方的なコミュニケーション」を、対話型の「個別最適化された双方向コミュニケーション」へと変革することにつながることが見えてきます。
たとえば、メルカリのようなC to Cプラットフォームでもコミュニケーションが重視されている例はもちろん、「タクシーを呼ぶ」といったコミュニケーションも道端で手を挙げたりタクシー乗り場で並ぶ行動からアプリを利用する形態へとトランスフォームが進行しています。コロナによって社会全体で推進されたDXとして、Web会議ツールを活用したオンラインコミュニケーションの常態化も挙げられます。
ほとんどのDXを「コミュニケーションの変革」として説明することが可能であり、コミュニケーションこそが変革の原動力でもあるのです。
「そうは言っても、結局は上司や経営者」「理想と現実がある。経営環境が厳しくて悠長なことは言ってられない」など、自身の力がおよびづらい範囲からの影響で、プロジェクトの推進が思うようにいかないと感じている方や、限界を感じていらっしゃる方もいるかもしれません。それでも大丈夫です。むしろ、このような方にこそ「3つの対話」に取り組むことをお勧めします。
なぜ限界を感じているのか? それは本当なのか? まずは自分と対話をします。そこでの気づきを、弱さやネガティブな要素も含めて、メンバーと共有することは可能でしょうか? そしてそのなかで、自分が上司や経営者、あるいは市場と正面から向き合えていないなど、「無自覚」だったなにかに新たに気づけたとき、眠っていた大きな飛躍の可能性が覚醒するはずです。