(※写真はイメージです/PIXTA)

アップルやホンダなど、成功した企業に「社長の右腕」が存在する実例は多いですが、それが時にアダとなることも少なくありません。なぜなのでしょうか? 『三国志』の呉のリーダー孫権の話とともに解説します。

 

右腕に依存せず、会社を安定させるには?

では、どうやって「社長の右腕」に依存せず、うまく会社を安定させていくのかという話をしていきます。

 

『三国志』に学ぶ対処法

ここで参考として挙げたいのが『三国志』です。Amazonに『三国志Three Kingdoms』という、97話のドラマがあります。もちろんエンタメとしても面白いのですけれども、3つの国それぞれの指導者のスタイルやリーダーシップの取り方が違うということで、ビジネスにも役に立つ面があるのです。

 

ご存知ない方のために前提知識をお伝えしておきますと『三国志』というのは、魏・呉・蜀という3つの国の争いが物語の中心になっています。登場人物として一番有名なのは蜀の王様、劉備玄徳です。彼は人徳者であるリーダーとして知られています。そして、魏の曹操、呉の孫権という王様が登場します。孫権は、ほかの2人と比べると知名度が低いのですが、今回はこの孫権の話を取り上げます。

 

■後継王である呉の孫権がいかに国を治めたか?

呉という国は、もともと孫権のお父さんである孫堅がつくった国なのですが、孫堅は戦死してしまいます。そこで孫権のお兄さんの孫策が王位を継いだわけですが、孫策も間もなく亡くなってしまうのです。そして孫権は、まだ20代前半という若さで王位につきました。

 

これを聞いただけで「結構大変な状況だな」と感じる経営者の方もいらっしゃのではないでしょうか。若くしてたまたま国を継ぐことになってしまったということで、2代目、あるいは3代目の社長が同じような状況で会社を継いだケースと重ねられるかと思います。

 

――孫権の右腕となった周瑜

孫権が呉という国をマネジメントしていくに当たって、右腕となる存在がいました。それが周瑜(しゅうゆ)という有名な軍師です。『三国志』のなかでも、諸葛亮と周瑜のライバル関係は結構知られています。周瑜は、孫権が王位につく以前から呉に支えてる軍師で、かなりの影響力を持っていました。要するに、孫権を社長、周瑜を「社長の右腕」にたとえることができるわけです。

 

影響力のある右腕の存在

ドラマのなかでは、いろいろな衝突が生まれます。その1つが孫権と周瑜の主導権争いで、周瑜は孫権の指示を仰ぐことなく軍を動かしてしまったりするわけです。周瑜という人物は軍部を掌握していて、将軍たちは孫権の言うことよりも周瑜の言うことを聞くようになってしまっているのです。

 

これが先ほど例に挙げた「右腕の放任」です。「社長の右腕」にすべて任せてしまったことによって、「社長の右腕」が組織を自分の思いどおりに染めていくということが起こってしまっているわけです。自分が王様であるにもかかわらず、周瑜に影響力では負けていて、国を自分の思い通りに動かせないとうことで、孫権は非常に悩むわけです。このように「社長の右腕」の罠にはまっているのが呉という国だったのですが、同じような悩みを抱えている社長は結構いるのではないでしょうか。

 

次ページ「社長の右腕」経営の打開策…その後、孫権はどのように呉をまとめたのか?

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