(※写真はイメージです/PIXTA)

相続では、原則、現金や不動産など「プラスになる遺産」だけではなく、借金などの「マイナスの遺産」も引き継がなくてはなりません。中には、相続することで損を被るケースもあるでしょう。このような場合に検討されるのが「相続放棄」です。しかし、相続放棄が認められるには「やってはいけない行為」があることをご存じでしょうか? 佐伯知哉氏(司法書士法人さえき事務所 所長)が解説します。

相続放棄とは?

今回は、「こんなことをすると相続放棄ができなくなる」という注意点についてお話しします。

 

本題に入る前に、そもそも相続放棄とは何か?を簡単に説明しましょう。相続放棄とは、家庭裁判所に相続放棄の申述をし、受理されることで、その申述人は「初めから相続人ではなかった」ことになる制度です。

 

相続放棄には、被相続人(=亡くなった方)の債権や債務、つまりプラスの財産もマイナスの財産も、一切相続しないことになるという強力な効果があります。

「相続人間の話し合い」だけでは借金を放棄できない

注意事項として知っておいてほしいのが、私が「なんちゃって相続放棄」と呼んでいるものです。相続人どうしの話し合いの中で「俺、この遺産はいらない」「私もこれは受け取らない」というやりとりを交わすことがあります。一般的には、このような話し合いも「相続放棄」と呼ばれることがありますが、これは、いわゆる“本当の相続放棄”ではありません。

 

プラスの財産であれば、「いらない」と言えば他の相続人に譲ることができるものの、マイナスの財産に関しては、他の相続人に渡すことはできません。例として、もし被相続人に借金があった場合、相続人どうしの話し合いで「自分はいらない」と言っても、支払い義務を逃れることはできないのです。

 

これには債権者(被相続人にお金を貸した人)の都合も関係しています。一人の相続人に負債を含む全遺産を集中させても、その人に返済能力がなかったら債権者は困ります。ですから、債権者としては相続人全員に対して請求できるほうが安心なわけです。

 

このように、債権者に損害を与えるわけにはいかないため、「なんちゃって相続放棄」こと相続人どうしの話し合いだけによる相続放棄では、借金などのマイナスの財産に関しては放棄できないことになっています。

 

さて、ここからが本題です。

 

初めから相続人ではなかったとして、プラスの財産もマイナスの財産も一切相続しないことになる相続放棄ですが、実は、「これをすると相続放棄ができなくなる」という注意点がいくつかあります。順番にお話ししていきましょう。

第一に、相続放棄には「期限」がある

まずは「被相続人が亡くなったことを知ってから3ヵ月が過ぎたとき」です。この3ヵ月間を「熟慮期間」といいます。

 

熟慮期間が過ぎると、「単純承認」といってプラスの財産もマイナスの財産もすべて相続することを認めたとみなされ、相続放棄ができなくなります。まずは期限の問題ということですね。

 

このように相続放棄に期限があることはよく知られていますが、たとえ熟慮期間内であっても、次からお話しすることに当てはまると相続放棄ができなくなってしまいます。

 

ひと言でいうと、「遺産を処分したとき」です。

 

「遺産の処分」に該当する行為は色々あるのですが、過去の判例をすべて紹介するのは難しいので、本稿では代表的なものを見ていきましょう。

「遺産の処分」に当たる行為とは?

【①遺産分割協議を行う】

まずは、遺産分割協議を行うことです。相続人間で遺産の分け方について話し合うのは、遺産を相続するという意思があるからであり、これは、自分が相続人であることを認めたことになります。遺産分割協議をすることは遺産の処分に当たるとされ、相続放棄ができなくなるのでご注意ください。

 

【②被相続人の債務を弁済する】

次に、被相続人の債務を弁済することです。生前に被相続人がどこかで借金をしていて、相続放棄を検討している途中に、債権者(お金を貸した人)から返済を請求されたとしましょう。このとき遺産の中からそのお金を支払ってしまうと、その人は相続したことを認めたとみなされて、遺産の処分に該当してしまいます。

 

もし相続放棄を検討しているときに債権者からお金を返すように言われたら、「相続放棄を検討している最中なので、支払えません」と返すのが正解です。

 

【③被相続人の債権を取り立てて、受け取る】

今度は②の逆パターンです。被相続人が誰かにお金を貸していたなどで債券を持っていた場合に、それを取り立てて受け取ってしまうと、その人は「自分はその遺産を受け取る」という意思表示をしたことになり、遺産の処分に該当します。

 

ただし注意点としては、相続放棄できなくなるのは、債権取り立てて「受け取った」場合です。債権には消滅時効があり、一定の期間放置してしまうとその権利は消えてしまう可能性があります。そこで、権利の消滅を防ぐために債権の「請求だけ」をして、消滅時効を止めることが可能です。消滅時効を止めるために請求することを「保存行為」といい、遺産を処分したとはみなされません。受け取る段階まで行かなければ、相続放棄ができない事態にはならないということです。

 

また、生命保険金(受取人が被相続人の場合を除く)や未支給の年金があった場合、これらを請求しても相続放棄ができなくなる事態にはなりません。生命保険金(受取人が被相続人の場合を除く)や未支給年金は遺産ではないからです。請求したとしても、相続人が自分自身の債権を回収したというだけの話になります。

 

【④不動産や動産を譲渡(売却、贈与など)する】

次は、不動産や動産を譲渡することです。たとえば遺産の不動産を誰かに売却したり、遺産で受け取った宝石を売ったり誰かにあげたりなどの行為は、遺産の処分に当たります。これはわかりやすいですよね。

 

【⑤株式の議決権を行使する】

最後は、被相続人が会社の経営者だったときなどに、株主総会で株式の議決権を使うこと等です。議決権を行使したということは、自分が相続人であると認めたことになるため、遺産の処分に当たります。

 

以上、代表例を5つ挙げました。このようなことをすると「遺産の処分」をしたことになり、熟慮期間内であっても相続放棄ができなくなってしまいます。相続放棄を検討している方はよく注意してください。

これはセーフ!意外と「遺産の処分」にならない行為

おまけとして、最後に「遺産の処分」に該当しそうでしないものを2つだけご紹介します。

 

(1)遺産の中から葬儀費用を出す

1つ目は、葬儀費用を遺産の中から支払うことです。亡くなった方自身の遺産から葬儀費用を出すことは、実際は遺産の処分をしているため、相続放棄ができなくなる行為に思われます。しかし社会通念上、葬式の費用くらいは出してもよいのではないか?という考えがあることから、遺産の中から葬儀費用を支払っても、相続放棄ができなくなることはありません。

 

ただし、香典などをいただいているのであれば、香典の中から優先的に葬儀費用を支払うほうがよいと考えられます。

 

(2)資産価値のないものを形見分けする

たとえば古い着物など、あまり財産価値がないものを被相続人の形見として相続人の間で受け取ることです。これに関しては遺産を分けたことにはならないため、相続放棄を行う上で問題はありません。

 

ただし、あくまで「資産価値がないもの」という点に注意しましょう。形見分けのつもりでも、宝石などは価値があるとみなされ、遺産の処分に該当する可能性があります。誰が見ても価値がないものであることが重要です。

 

【動画/注意!これをすると相続放棄できなくなります!】

 

佐伯 知哉

司法書士法人さえき事務所 所長

 

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