国に訴えてもSさんに有利な判決が下る可能性は低い
2.「もし上記が問題であれば、国に訴えていく事は可能なのか。(この件に関する会話の録音データはあります)」の質問について、結論からすると、国を訴えることができないとはいえませんが、Sさんの主張が認められるハードルは極めて高いでしょう。
まず、本件では、Sさんは、結果として質問応答記録書に署名をしてしまっています。したがって、想定しうる裁判は、以下が考えられるかと思います。
①重加算税の取消しを求める裁判
②質問応答記録書の作成の際の強要行為についての慰謝料請求
①が認められるためには、Sさんと調査官との会話の録音内容が問題となりますが、「隠蔽・仮装」行為を証明する客観的事情がないにもかかわらず、署名を強要していたということであれば、取消しが認められる可能性もあるかと思います。
ただし、結果として署名をしてしまったという事実はとても重いですし、国を訴えた税務関係の裁判においては、裁判所が国に敗訴判決を出す確率は1割を下回っているため、Sさんに有利な判決を導くのは、そう簡単なことではないでしょう。
②については、調査官のSさんに対する強要の程度が、調査の態様として適切かつ、一般人が耐えうる限度を超えているかどうかによって、精神的苦痛に対する慰謝料が発生するか否かが判断されることになるかと思います。
この点、調査は4時間とのことですが、税務調査にもよりますが、朝9時から夕方5時まで12時から1時の休憩を挟んで、通しで聞き取りが行われることも珍しくないので、4時間程度の時間であれば、通常の調査において通常想定し得る態様と判断される可能性が高いでしょう。
したがって、強要の内容がどの程度だったかが重要になります。
例えば、調査官が暴力行為を行ったり、Sさんやその親族知人等に対する加害予告や、誹謗中傷等の暴言等を行っていたのであれば、調査の態様として明らかに不適切かつ、一般人が耐えうる限度を超えているといえますから精神的苦痛が生じたと判断される可能性はあります。
しかし、この点についても、通常、調査官は不適切な調査と判断される態様を熟知していますから、加害予告や暴言等がなされるまでに至っているのは稀ではないかと思われます。
冤罪的課税は発生し得る
そもそも税務調査において、調査官が納税者に対して、事実と異なることを認めるように主張してくることはあり得るのでしょうか。
結論からすれば、事実とは異なる内容で課税がなされる、いわゆる「冤罪的課税」というのは一定数存在し得るといえるでしょう。ではなぜ、冤罪的課税は起こるのでしょうか。
それは、先ほども述べたとおり、外形だけでは課税の根拠を判断できない場合があるからです。
先ほどの重加算税の例は最たるものですが、他にも例えば、相続税調査時において、相続人の預金口座に被相続人からお金が振り込まれていた場合、調査官は、預金口座の流れしか把握していないことから、通常は、被相続人から相続人に対して贈与があったとして調査を行うことになるでしょう。
しかし実際には、相続人は、被相続人に貸していたお金を返してもらっただけかもしれませんし、被相続人に頼まれたものを購入するためにお金を預かっていただけかもしれません。
このような例では、明確な証拠があれば、調査官も贈与でないことに納得してくれるでしょうが、親族間でのやりとりにおいては証拠など残っていないケースがほとんどです。
そうすると、調査官としては、証拠がない以上は贈与であると主張することがあり得るため、納税者が調査官の主張に屈して、調査官の示す内容で修正申告書もしくは期限後申告書を提出してしまうという、冤罪的課税が生じてしまうのです。
なお、これも先ほど説明したとおり、自身で申告をしてしまった以上、後に事実と異なることを理由に裁判で争うことは原則としてできません。