現代人に失われつつある「認知の耐性」とは?
同大学が行った実験では、100人の学生を集めたうえで、そのうち半数に短編小説を読むように指示。残りの半数には普通のエッセイを読んでもらったところ、小説を読んだグループのみ「認知の耐性」に改善が見られました。
「認知の耐性」とは、明確な答えをすぐ求めずに、あいまいさを放置できる能力のことです。
本や映画のエンディングを待てずに先にラストを見てしまったり、ネットで注文した商品が届くまで配送状況を何度も確認したりと、不確かな状況にいらだちを覚えやすい人は「認知の耐性」が低いと言えます。
この能力の重要性は複数のテストで確認されており、シンシナティ大学などのレビューでも、「認知の耐性」がない人ほど深い思考ができず、創造的なアイデアを出すのが苦手で、メンタルを病みやすいと報告されています。
それもそのはずで、私たちの人生はどんなときでも不確実性に満ち、はっきりした答えが見つかることなどまずありません。それなのに効率や生産性を求め続けてばかりいたら、常にネガティブな感覚に支配されるのは当然でしょう。
良質な文学に触れると「認知の耐性」が改善するワケ
この観点からすれば、小説で「認知の耐性」が上がったのは驚くような結果ではありません。言わずもがな、良質な文学ほど簡単な答えを出さず、読み手に複数の解釈を許す作品が多いはずです。
読み手にできるのは、ただキャラクターの思考と行動を受け入れることだけで、カミュの『異邦人』やドストエフスキーの『罪と罰』のように、ときには不快な人物の視点に立つ姿勢すら求められます。
そんなテキストを処理するには、文章のディテールを吸収しながらも、すぐには結論を出さずに最後まで読み進めるしかありません。
このような脳の働きは、私たちがSNSやニュースサイトで使う情報の処理法とは大きく異なり、それゆえに「認知の耐性」を伸ばす働きを持つのです。
ちなみに、実験で使われた小説は20世紀初頭〜半ばの作品がメインで、ボウルズの「遠い木霊」やクラークの「風と雪」など、およそ6,000語の短編が選ばれています。
[図表1]に実験で使われた作家名の一部を掲載しました。どのような小説を選ぶかはあなたの好みによりますが、できれば結末がはっきりした娯楽作品よりは、簡単には答えが出せない作品を選んでみてください。
鈴木 祐
科学ジャーナリスト