(※写真はイメージです/PIXTA)

多くの不動産を経営する資産家の父が亡くなり、相続が発生。父の跡を継いだ弟は、母や姉の取り分を極力減らし、できるだけ多く自分が相続できるよう画策します。姉は自分の取り分以前に、苦労を掛けた母をないがしろにする姿勢に激怒しますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

父が遺した多額の収益不動産、弟が独り占めを画策

今回の相談者は、50代専業主婦の田辺さんです。父親の相続の件で、母親違いの弟とトラブルになっているということで、筆者の元を訪れました。

 

田辺さんの父親は地主で、若い時から貸家や貸店舗を所有するなど不動産賃貸業を行っていました。母親は田辺さんが小学校に上がる前に亡くなり、その後、現在の母が後妻となり、数年後に弟が生まれました。実の母親のように育ててくれた継母には、いまも感謝しているということです。なお、継母と田辺さんは養子縁組をしています。

 

父親が元気だったときは、自身の物件を管理する不動産賃貸の会社を経営し、すべてを切り盛りしていましたが、晩年は賃貸業を弟に任せるようになりました。会社員だった弟は父親の後を継ぐ名目で会社を辞め、父の跡継ぎとして不動産賃貸の会社に入社。現在は社長となっています。それから間もなく父親が倒れてしまい、数ヵ月の入院を経て亡くなってしまったといいます。

 

父親は遺言書を残していなかったため、継母と弟とともに遺産分割協議を行いましたが、そこで不協和音が生じました。

 

今回の相続人は、20代で嫁ぎ実家を出ている田辺さん、実家に暮らす継母と弟の3人です。継母は一緒に住む弟夫婦に気兼ねがあるのか、相続について何も意見をいいません。

父の会社の税理士に手続きを依頼するが、埒が明かず…

「相続税の納税ですが、弟は、父の仕事でずっとお付き合いのあった税理士さんにお願いするというんです。ですが、どうやら相続手続きには慣れていないらしくて…。それに私は20代で家を出ていますので、実家の資産の状況がよくわからないんです」

 

実は、父親が保有する土地のなかには、田辺さんの実母の所有だったものも少しあるそうです。そのような事情から、できるだけ多く父親の財産を残したいという気持ちがあるといいます。また田辺さんはあいまいな説明を繰り返すいまの税理士ではなく、明快な回答をくれる税理士に変更したいと思っていますが、弟が譲りません。

 

田辺さんの依頼で、筆者は提携先の税理士とともに、セカンドオピニオンとして田辺さんにアドバイスすることにしました。

「家の資産を当てにしてブラブラして…」

筆者と税理士は弟を説得のうえ、相続人全員との打ち合わせの席を設け、くわしく話を聞きました。弟は自分が大部分の財産を相続したいという、強い希望を持っていました。

 

弟が提案したのは、母親へ3割程度の財産を相続させ、家を出た田辺さんには全体の5%の資産を相続させる代わりに、田辺さんの相続税は弟が持つ、という内容でした。

 

田辺さんは、自分の相続分以前に、長年気難しい父親を支えて苦労してきた継母にもっと多く相続してもらいたいと考えており、納得できないとのことです。それに一定の金額まで無税にできる配偶者の特例の枠も残っており、納税負担を減らすため、弟の相続分から母親の相続分へ変更することを提案しました。その後多少の経緯はありましたが、最終的には合意し、納税額を約1億円圧縮することができました。

 

田辺さんの相続分として弟が提示した「全財産の5%」ですが、実際には手取り数千万円といったところです。当然ですが、田辺さんはこの提案に納得できません。両親が苦労して維持してきた土地はできるだけ多く残したく、なにより家の資産を当てにしてブラブラしている弟が信頼できないというのです。そのため筆者は、法定割合相当を現金と土地で相続したいと弟に主張するよう、田辺さんにアドバイスしました。

 

田辺さんは実家を離れて久しく、父親の土地の所在の全部はわからないとのこと。資産に関する資料を先方の税理士に送ってもらうよう依頼しても、さっぱり送られてこないため、こちらは名寄せ帳をもとに調査しました。そのなかから、貸し駐車場になっている駅前の角地を選択して交渉しました。

 

弟はかなりの難色を示しましたが、複数回の話し合いの結果、最終的には合意をしてくれました。継母の取得分を増やして納税を1億円減らせる提案をしたことも功を奏したと言えます。現金と合わせて法定割合とすることについても承諾を得られたため、田辺さんはその現金で納税を行うことができました。

 

このような遺産分割の話し合いを繰り返すうちに納税期日が迫ったことで、弟側の税理士からも法定相続分での申告を勧められたという事情があったようです。弟も長引かせるのは得策ではないと判断したのでしょう。結局、申告期限の前日に調印、当日に申告・納税となったのでした。

「大切な実印、納得できない書類には押せません」

相続手続きが完了したあと、田辺さんはとても疲れた表情でした。一緒に育った姉弟なのに、双方とも相手を信頼できず、遺産分割は難航しました。とはいえ今回は、時間がないことが逆に幸いし、争わずに着地できたといえます。

 

田辺さんが大切そうに持っていた実印は、父親がお祝いに作ってくれたものだということです。

 

「父が私のために作ってくれた印鑑です。納得できない書類に押すわけにはいきません」

 

父親の事業を継いだ弟に対しては、誰のおかげで今の自分があるのか、しっかり自覚してもらいたいとも言っておられました。同じ両親に育てられた姉と弟であっても、当人同士の溝の深さに、筆者も考えさせられました。

 

家や仕事を引き継ぐことになった相続人であっても、ほかの相続人の合意がなければ、思い通りにはいきません。いまの時代、基本的には法定割合を前提とし、相続人間の不満が残らない分割を目指すことが基本になるでしょう。そのためには、配偶者の特例を活用して納税を減らすことが必要です。節税した分を各人の財産分与に充てることができれば、遺産分割も円満に進められます。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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