「間取図で部屋を探す」文化を作った、賃貸住宅情報誌
「アパートニュース」は確実に当時の社会に影響を与えました。
大学進学を契機に地方から上京する、就職・転勤のために職場の近くに引っ越す、心機一転して住まいを変えるというとき、今はほとんどの人がインターネットで新居探しをします。住宅情報サイトにアクセスして、希望する地域と家賃、間取り、最寄駅からの距離などの条件を入力して検索すれば、条件に見合った物件がリストアップされます。建物の外観や室内の写真が掲載されているのは当たり前で、最近は360度パノラマ写真や3D動画で内覧ができるサイトまであります。
そういう画像を手掛かりに比較検討し、リストのなかから自分の理想に近いものをいくつか選んで、不動産業者に問い合わせたり現地見学の予約を入れたりします。そして、実際に現地を見て、問題がなければ契約の手続きに進むという流れが一般的です。
この「間取図を見て部屋を探す」という当たり前の文化が生まれたのは、賃貸住宅情報誌がきっかけです。
1970年代の半ばになって長屋から近代的な集合住宅に主流が移行するにしたがって、物件ごとの個性が生まれてきました。単身向けのワンルーム、ファミリー向けのLDKタイプ、洋室、和室、低層階、高層階、木造、鉄筋コンクリート造(RC造)、鉄骨造(S造)などバリエーションが豊かになり、部屋探しは複雑になりました。選ぶ楽しさがある一方で、希望の部屋を見つけることが難しくもなったということです。
その頃、東京・大阪で賃貸住宅情報誌が創刊されましたが、東京や大阪はその当時から取り扱う物件数が多く、限られた誌面でたくさんの物件を掲載する必要がありました。必然的に1件に割り当てられるスペースは小さくなり、間取図を入れるにしても小さなものしか入りませんでした。
それに対して私たちの会社が商圏としていた名古屋市内はまだ開発途中で、取り扱う物件数もそれほど多くはありません。東京や大阪に比べて誌面に余裕があったのです。そこで「アパートニュース」では情報の充実を図ろうと考え、ビジュアルを多用することにしました。「どうせ作るなら先行誌の模倣ではなく、独自の賃貸住宅情報誌を作りたい」という思いもありました。
私は「部屋を探している人が知りたい情報とはなんだろう」と考えて、部屋のイメージがつかみやすくなる間取図を大きく扱うこととし、それ以外にも内観写真や最寄駅から物件までのアクセスが分かる案内地図を入れることを思いついたのです。
ビジュアルを載せることで現地に行かなくてもどんな部屋かだいたいのイメージができるため、部屋探しをするうえでのミスマッチが起こりにくくなります。
紙からウェブへとメディアの形は変わっても「間取図を見て部屋を探す」という行動様式は受け継がれ、人々のなかに当たり前として定着しました。部屋探しにおける1つの文化をつくったという意味で、「アパートニュース」が果たした役割は大きかったといえます。
情報誌を起点とする、事業成長のスパイラル
ただし、賃貸住宅情報誌はチラシや新聞広告に比べて制作に時間がかかり、印刷デザインなどにも高いコストがかかります。創刊しても売上につながらないと毎回発行するたびに赤字がかさんでしまうため、短命で廃刊していくことが多々あります。実際、「アパートニュース」の成功に倣うように多くのライバル誌が登場しましたが、いつの間にか市場からフェードアウトしていきました。
リスクを冒してまで賃貸住宅情報誌を発行する理由は、賃貸住宅情報誌によって会社の事業全体を押し上げる推進力が生まれるからです。
どういうことかというと、次のような相乗効果が生まれます。
賃貸住宅情報誌が売れる
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読者が不動産会社に問い合わせる
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賃貸契約が成立する
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オーナーが満足し、さらに「仲介してもらうと入居者が殺到して早く空室が埋まる」との口コミで新規オーナーが取引開始
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不動産会社に良い物件が多く集まる
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賃貸住宅情報誌の中身が充実する
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賃貸住宅情報誌の売れ行きアップ
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賃貸契約の成立率がアップ
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オーナーの満足度がアップ……
このように、質の高い賃貸住宅情報誌ができれば部屋探しをしている人とオーナーの両方を喜ばせることができ、不動産会社への信頼が高まります。「賃貸仲介なら『アパートニュース』だね」と思ってもらえればブランドが確立するのです。賃貸仲介と賃貸管理はほぼセットなので、賃貸仲介業が成長するにつれて賃貸管理業も伸びていきます。
加治佐 健二
株式会社ニッショー 代表取締役社長