思い出はなぜ記憶に残っているのか
皆さんは、それぞれたくさんの思い出をお持ちでしょう。頭の中に保管されているという意味では、思い出も記憶といえます。
しかし、記憶というのは、覚える意志を持たないとスイッチが入らないのでした。思い出のことを考えてみると、この体験や経験を覚えておくぞとやる気を出して記憶したわけではありません。つまり、自動的に頭の中に刻まれたことになります。
ただし、全部の体験や経験が思い出になるわけではありません。思い出になる体験・経験と思い出にならない体験・経験の違いは何でしょうか。それがここで述べるポイント、つまり、海馬をだますもう1つのポイントなのです。
その前に、また少し脳の構造について簡単に説明しておきます。ここまで記憶に関して海馬に注目してきました。確かに、海馬は記憶の司令塔のような重要な部位です。
しかし、この海馬と並び、記憶に関するスター的部位がもう1つあるのです。その部位の名前を「扁桃体」といいます。脳の記憶のメカニズムに関しての2大巨頭が、海馬と扁桃体なのです。
この扁桃体という部位は、喜怒哀楽といった感情を生み出す働きを持っています。そして、一番重要なのが、扁桃体は海馬のすぐ隣に位置していることです。これは何を意味するかというと、扁桃体で何かしらの感情が生まれるとその刺激がすぐ隣の海馬に伝わるということです。刺激を受け取った海馬は、その情報は重要だと判断します。重要と判断されたことにより、その情報は記憶に刻まれることになるというしくみです。
冒頭で述べた思い出も、つまりはこのしくみが働いていたというわけです。その体験や経験をしたときに特に強く感情が生まれたものが、その信号を受け取った海馬によって自動的に頭の中に保管されたということなのです。その証拠に、思い出というのは嬉しかったり楽しかったりするものばかりではありません。
悲しい思い出もありますし、くやしい思い出もあります。喜怒哀楽が強く生じた場合、思い出として残るというわけです。これが海馬のだまし方その2「覚えるときに感情を動かす」です。
しかし、確かにしくみはそうだとしても、現実を考えると覚えたいもの、例えば英単語はそれを覚えようとしても、喜びが浮かんだり悲しくなったりはしません。ですから、ここで一工夫が必要なのです。
その工夫とは、覚えようとする情報、例えば英単語をそのまま覚えるのでなく、自分なりの新しい意味を付け加えたり、覚え方の工夫をしたりするということです。これが、以前で紹介したImage Processing(イメージプロセッシング)という記憶法の考え方の1つです。
情報を脳が覚えやすい形に加工処理をする、ここでは、少しでも感情が動くように加工するということになります。ただ丸暗記しようとすると、感情は動きません。例えば英単語であれば、自分なりに語呂合わせを考えてみるなども1つの方法です。
あるいは、英単語の日本語の意味のイメージを頭の中に想像してみるのもいい方法です。頭の中でイメージすることによって、何らかの印象や感想が無意識に発生するからです。仕事の書類なども、頭の中にイメージを浮かべながら読み進めれば感情を刺激することができます。
最後に少し特別な方法を紹介しておきます。
脳は生命に関わる情報を優先して記憶する性質があると紹介しました。これを利用するのです。つまり、少し大げさにいうと、生命をおびやかす危機感を利用するというわけです。この危機感もいわば感情だからです。
生物にとって生命に関わる危機の1つは空腹です。空腹を感じるときは、脳にとっては適度な危機を感じているときでもあります。これを利用して、何かを覚えたいときは食事の前の時間をあてるなどの工夫をすれば効率的ではないでしょうか。