異なる2つの情報を覚えるのは難しい
■ステージアップのための記憶法
(1)顔と名前を覚える方法
ビジネスにおいて、人の顔と名前を覚える能力というのは、とても強力な武器になります。営業ではもちろん、お客様を獲得するタイプの仕事においても相手の名前を覚えられることは、ある意味、必須の能力といえるのではないでしょうか。
さらに、職種に関係なく、人の顔と名前を覚える能力というのは、コミュニケーションにおいて非常に役に立つスキルです。自分の名前を呼ばれて悪い気がする人はいません。例えば、普段は声を掛けるのがはばかられるくらいの上司から、『〇×さん』などと呼び掛けられたら、「自分のことを知っていてくれたんだ」と嬉しくなり、その上司に対する信頼が高まるのではないでしょうか。
しかし実際には、人の顔と名前を覚えるというのはとても難しいことなのです。顔というのは映像情報です。それに対し、名前というのは文字情報です。種類の違う2つの情報をセットで覚えておく必要があるため、もともと覚えるのが難しいのです。
ここで紹介する方法は、大きく2つです。1つは脳の記憶の性質だけを利用したもの、もう1つが記憶の技術を利用したものです。
①脳の記憶の性質を利用した方法
まず、記憶の性質を利用した方法を紹介します。
ここで使う記憶の性質とは、「アウトプット」です。頭に入れた情報は、例えば書いたり話したりといったアウトプットをすればする程、強化されるという性質があります。この性質を、名前を覚えることに応用するとしたら、相手の名前を何度も呼び掛ける行為がアウトプットにあたります。
『△△さん、これどう思いますか』『□□さん、いいアイデアですね』『××さん、もしよろしければ後程サンプルをお送りしますが』と、話し掛けるときは必ず名前を呼ぶようにします。これがアウトプット効果となり、名前が頭に刻み込まれるというわけです。
②記憶の技術を利用した方法
次に、記憶の技術を利用した方法を紹介します。
まずは、この技術の基になっている「ベイカーベイカーパラドックス」とよばれている心理現象について紹介させてください。この心理現象のきっかけになった実験があります。
2つのグループに同じ男性の写真を見せて、片方のグループには『この人の名前は「ベイカー」さんです』と言って「名前」としての情報を覚えてもらい、もう一方のグループには『この人の職業は「ベイカー(パン屋)」です』と言って「職業」としての情報を覚えてもらいました。どちらのグループも、記憶した情報は「ベイカー」という同じ文字情報でです。ただし、一方は名前、もう一方は職業(背景)としての認識です。
そしてしばらく経ったあと、両者の記憶をテストしたところ、名前として「ベイカー」を覚えたグループの正解率よりも、背景として「ベイカー」を覚えたグループの正解率のほうが段違いに高かったという結果になったのです。
これは、単なる文字情報である名前よりも、背景のほうが想像力を刺激しイメージがわき、感情さらには記憶に残るということを示しています。
この実験の場合には、職業としてベイカーを覚えた人たちの頭の中に、この男性が粉を練っているところや、酵母の良い香りがしているところなども同時に浮かんだことでしょう。人の名前を覚える際は、この心理特性を利用するわけです。そのためには、覚えにくい文字情報である名前を職業のように覚えやすい背景に変える必要があります。これには、大きく2つの方法があります。
まず1つは、名前の文字からその人の趣味や職業などの背景を勝手に作ってしまう方法です。例えば、名前の読み方から語呂合わせを作ったり、名前に使われている漢字の意味を利用したりします。
「安藤」さんだったら、その読み方の語呂合わせから「この人はあんドーナツが大好物な人なのだ」と勝手に決め付けて、その人がたくさんのあんドーナツを食べている姿をイメージします。あるいは、「山本」さんならば、その漢字から「この人は無類の本好き」と設定し、部屋には本が山と積まれており、その人が寄り掛かって本を読んでいる姿を想像するのです。
また、もう1つの方法として、その人の名前が有名人や自分がよく知っている人と同じ場合、その人たちを使うのも有効です。仮に、その人の名前が「坂本」さんならば、実はこの人は、坂本龍馬の子孫なのだなどと想像してみるのです。すると、あとになってからその人を見ると、坂本龍馬の姿が浮かんで、この人の名前は「坂本」さんだと思い出すことができるのです。
最初のうちはイメージを作るのが大変かもしれませんが、徐々に慣れてくることと思います。