還暦も過ぎて本気でトレーニングをする
本連載をとにかく読んで欲しい。理屈はともかく、まず体を動かしてみたいというなら、「実践編・トレーニングを始めよう」をどうぞ。何十年ぶりかに体を動かすという中高年のための方法を、私のトレーナーに話を聞きながらまとめてある(ここはプロの指導なので信頼できます)。
自宅でもできるので、まず体を慣らして欲しい。在宅ワークの運動不足解消としても役に立つ。超初心者向けに細部にわたって書いているので、誰でも始められるはずだ(たいがいの筋トレ本はこのへんを大幅に省略している。プロにとっては当然過ぎて眼がいかないのだろう)。
「ボディメイクとダイエット」の違い、「食事と栄養、サプリ」などについても同時にお読みいただければ、トレーニング意欲も増すはずだ。筋トレをすることの意味や各種競技、コンテスト、その面白さについても読んで欲しい。私自身、こんな世界があったのかと驚いた。すべては私の体験談だから、そのバタバタぶりを笑いながら楽しんでもらえれば幸いだ。
さて、還暦も過ぎて本気でトレーニングをするとはどういうことか。まず私のある1日から紹介したい。本人はいたって真面目に必死なのだが、その大げさ過ぎる覚悟はしばしば笑われる。
この2、3年。私の1週間は、こんなふうに始まる……。
■今日は「蛙を飲む」にはもってこいの日だ
還暦だからと、赤いチャンチャンコの代わりに買った真っ赤なスポーツカー。そのスタートボタンを押しエンジンをかける。ルーフを開ける。雨以外ならどんなに寒い冬でも必ず開ける。走り出せば、冬の風は少し触れただけでナイフのように冷たく鋭い。
「なんなの〜あのオヤジ〜。この寒いのに車の屋根開けてバッカみたい〜」という若いお嬢さんの視線は、冬の風にもまして冷たいが、そんなことを気にする余裕はない。サングラスのなかからまっすぐ前をにらみつけ、口元を噛みしめる。我ながらまるで殴り込みだネ、といつも思う。
ご近所迷惑な排気音に負けぬ大音量で音楽をかける。「レッチリ」「ブルーノ・マーズ」「ツェッペリン」に「清志郎」。テンションを上げるための曲はいろいろ入っているが今日はやっぱり定番の「ボン・ジョヴィ」だ。信号待ちのたびに前腕に力をこめ、ハンドルを握り直す。
「ヨッシァ〜」と、意味不明なかけ声を叫び、頬をパンと叩いて気合いを入れる。鼻息がフンフンと荒くなる。信号で横に並んだ軽自動車のお嬢さんが、何事かとこちらを見ている。普段ならお愛想笑いのひとつも返すが、今日はとてもそんな気分にはなれない。
だって今日は蛙を飲む日だから。
少しアクセルを開きギアを落とす。エンジン回転の急上昇にハンドル上のレブカウンターの赤ランプが点滅していく。とはいえオヤジの超安全運転だから車は亀のようにのろい。やがて曲が「It's My Life」に変わる頃、車はジムに着く。
ジムに到着すると一目散。着替えもそこそこにアップを終え、バーベルのラックに向かう。楽しいからじゃない。逆だ。早く、一刻も早く済ませたい。手幅を決めて深呼吸。シャフトをくぐり肩に担ぐ。「よいしょ!」と、ここは年相応に間抜けなかけ声。2、3歩後ろに下がり今度は足幅を決める。「ふ〜」と息を吸ってベルトに腹圧をかけ、シャフトを強く握り直す。顔を上げる。
そう、この1発目。このために家を出るときからテンションを上げてきた。でも、これさえ終われば大丈夫。股関節からやや上体を折り、大臀筋を後ろに突き出すようゆっくりゆっくりと体を沈めていく。頭のなかで呪文が響く。
今日は「蛙を飲む」にはもってこいの日だ。
生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしのなかで合唱している。
すべての美が、わたしの目のなかで休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は「蛙を飲む」にはもってこいの日だ。
この「呪文」はもちろんアメリカ・インディアン、プエブロ族の有名な詩「今日は死ぬにはもってこいの日」の替え歌。「死ぬには」のところに「蛙を飲むには」を入れると、この日の私の気分にぴったりだ。いつもつい頭に浮かんでしまう。
しかし、担ぐ重さは自体重と同じ70㎏程度とショボい。もし心のなかを誰かに読まれたら、大げさ過ぎて恥ずかしい。が、本人としては真剣なのだ。真剣を通り越して必死だ。ホント死にそうなんだから。