田中角栄がヨーロッパ諸国歴訪でこだわった「ソ連訪問」の狙い (※写真はイメージです/PIXTA)

田中角栄は首相2年目に入った1973年9月、田中角栄は、ヨーロッパ諸国歴訪に出発しました。「外務省には気をつけろ」が口癖だった角栄がこだわったのはソ連(現ロシア)訪問でした。その狙いとは。ジャーナリストの田原総一朗氏が著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)で解説します。

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アフターコロナを生き抜く日本の外交

■独自の資源獲得を画策した欧州歴訪

 

1973年9月。首相2年目に入った田中角栄は、ヨーロッパ諸国歴訪に出発した。フランスではジョルジュ・ポンピドゥー大統領と原子力発電のためのウラン鉱石や油田の共同開発について会談し、イギリスではエドワード・ヒース首相と北海油田を含めた油田開発に日本も参加したいと申し入れた。

 

西ドイツではヴィリー・ブラント首相と、シベリアのチュメニ油田の石油輸送パイプを西ドイツに回す代わりに、西ドイツが消費している中東産の石油を日本に回す地球規模のスワップ構想を提案した。ヨーロッパを舞台に演じた角栄の大立ち回りだった。

 

しかし、角栄はここで終わらなかった。最後の訪問国として、ソ連(現ロシア)を加えることを忘れなかったのである。新潟出身であることがそうさせたのかもしれない。角栄はロシアという地域に並々ならぬ思いを持っていた。今角栄が生きていたなら、間違いなくロシアとの関係改善に乗り出して、解決していたに違いない。

 

もちろん簡単なことではない。老獪な欧州各国首脳との交渉には、生き馬の目を抜くしたたかな外交手腕が求められる。しかし、日本はそれをやり抜かなければならない。日本の政治家に必要なのは、国際社会でアメリカや中国、ヨーロッパを相手に渡り合う気概と資質だ。果たして、令和の政治家にそれがあるだろうか。

 

■ドイツのメルケル首相が見せた「本物の」外交とは

 

それを考えるときに私の頭に思い浮かぶのが、2015年5月9日にロシアの首都モスクワで開かれた対ドイツ戦勝70周年記念式典での出来事だ。

 

第二次世界大戦でロシア(当時はソ連)は莫大な犠牲を払いつつもドイツに勝利した。その勝利を記念してウラジミール・プーチン大統領が各国首脳を招き、モスクワの赤の広場で壮大な軍事パレードを開いた。

 

しかし、当時のロシアは武力を背景に、前年の2014年3月18日にウクライナのクリミア半島を併合した後であったため、アメリカのバラク・オバマ大統領、日本の安倍晋三首相など、G7の首脳たちはそろって欠席し、出席した首脳は中国の習近平国家主席など20人程度にすぎなかった。2005年の60周年のときには、アメリカのブッシュ大統領、日本の小泉純一郎首相など53人が出席したわけだから、極めて寂しい式典となった。

 

ところが、ここで思わぬハプニングが起こった。式典の翌日の5月10日、第二次世界大戦でソ連と戦ったドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)がモスクワを訪問したのである。そして会談に先立って、赤の広場近くにある「無名戦士の墓」を訪ね、プーチンと一緒に独ソ戦で戦死した旧ソ連軍の兵士のために献花を行ったのだった。

 

「まいったな」

 

そう思った。これぞまさしく外交というものだ。

 

メルケルとプーチンの会談は約3カ月ぶりだった。会談のテーマはウクライナ問題で、メルケルは2月に勃発した停戦合意の下に和平の実現を目指すことで一致したと、会談後に語った。メルケルは、ウクライナ問題で実質的にヨーロッパ各国とロシアとの間に立つ交渉役の立場を獲得したわけだ。仮にメルケルがアメリカや他のヨーロッパ各国首脳の顔色を気にして、彼らと足並みをそろえていたら、到底手にすることはできなかった果実だ。

 

日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国でありながら、アメリカや他のヨーロッパ諸国と一定の距離を保ち、独立国として毅然として自国の立場を貫くドイツの手法を日本も見習わねばならない。特に相手がロシアの場合は難しい。「日米同盟」という枠組みを残しつつ、ロシアと新しい関係を築いていくには、よほどの胆力が求められる。「日本は100%アメリカとともにある」とばかりは言っていられないだろう。

 

しかし、日本がアフター・コロナを生き抜くには、アメリカ以外の国々とも新しい外交関係を構築していく必要がある。田中角栄なら今、「それをやれ」と言うだろう。

 

ジャーナリスト

1934年、滋賀県彦根市生まれ。早稲田大学文学部卒業。岩波映画製作所、テレビ東京での勤務を経て1977年フリーのジャーナリストに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。政治・経済・メディア・コンピュータなど、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。著書に『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』『大宰相 田中角栄 ロッキード裁判は無罪だった』(講談社)など多数。近著に『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)がある。

著者紹介

日本経済新聞記者

京都府出身。1991年早稲田大学大学院政治学研究科修了、日本経済新聞社入社。東京経済部で財務省、総務省などを担当。金融、エレクトロニクスの取材を経て、産業部エネルギー記者クラブ時代は石油業界の再編、アラビア石油の権益問題などを取材した。著書に『田中角栄のふろしき 首相秘書官の証言』『ビール「営業王」社長たちの戦い 4人の奇しき軌跡』(日本経済新聞出版社)、『負債650億円から蘇った男 アジア不動産で大逆転「クリードの奇跡」』(プレジデント社)。近著に『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)がある。

著者紹介

連載令和の時代に田中角栄首相だったら?新「田中角栄論」

本連載は田原総一朗氏、前野雅弥氏の著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

田中角栄がいま、首相だったら

田中角栄がいま、首相だったら

田原 総一朗 前野 雅弥

プレジデント社

2022年は、田中角栄内閣が発足してからちょうど50年にあたる。田中角栄といえば、「ロッキード事件」「闇将軍」といった金権政治家のイメージが強いが、その一方、議員立法で33もの法案を成立させたり、「日本列島改造論」に代…

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