「輸血100単位以上」は「輸血の無駄遣い」「優遇」?
7月8日午前、奈良市で街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され、約5時間後に搬送先の奈良県立医科大学付属病院で死亡しました。
搬送先では、20人以上もの医師や看護師が治療にあたり、安倍元首相には100単位以上もの輸血が行われたといいます。
輸血の1単位とは、200 mlの献血から作られる量を指します。大量出血の際に主に用いられる“赤血球の輸血(赤血球製剤)”は、1単位=140ml。単純に考えると、安倍元首相の救命措置では、約14リットルもの輸血が行われたということになります(※)。
(※現在の輸血は、患者にとって必要な成分をだけを供給する「成分輸血」が主流です。輸血用血液製剤には「赤血球製剤」「血漿製剤」「血小板製剤」「全血製剤」の4種類があり、一般人が輸血と聞いてイメージする「赤い血液パック」は、「赤血球製剤」もしくは「全血製剤」が該当します。ただし、前述のように現在は「成分輸血」が主流となっていて、日本赤十字社から医療機関への「全血製剤」の供給はほとんどないとのこと。よって、赤血球製剤を100単位として推算しています。200mlの血液から作られる赤血球製剤は140mlです。)
死亡が発表されるまでの間、政界や有権者からは、政治信条の垣根を越えて、「このようなことは許されない、どうか助かってほしい」という祈りの声が多く上がりました。
一方で、安倍元首相に対する救命措置を「輸血の無駄」「奈良県中の輸血をかき集めたんじゃないか」「一般人ではありえない優遇」と評して冷たい眼差しを向ける人も少なくありません。また、日本では献血に協力する人が少なく、コロナ禍では深刻な血液不足が続いていることから、地域医療に悪影響を及ぼしかねないと懸念する声もありました。
安倍元首相の救命処置に対しては、さまざまな考えや意見があるでしょう。しかし、単なる優遇や無駄遣いと考えるのは尚早ではないでしょうか。
救命措置は「家族の納得を得るまで続ける」のが慣例
大量出血時に行われる輸血の量は、患者の状態によっても大きく異なりますが、通常は10単位で使われるとのこと。冒頭でも述べたように、安倍元首相の救命措置で供給された輸血は100単位以上。通常の十倍もの輸血が行われたことになります。
また、一般に、体内の血液の量は、体重の約8%といわれます。第1次安倍内閣ホームページよると、安倍元首相の体重は体重70キロ。単純に考えると、安倍元首相の血液量は5.6リットルということになります(体重70kg×0.08=5.6kg。血液1kg=1リットルのため、5.6kg=5.6リットル)。
短時間で血液の約20%を失うと出血性ショックに、30%以上の出血は生命の危機に繋がり、50%を失うと心肺停止に陥るといわれていますが、本来の血液量の2.5倍を輸血されていたことからも、安倍元首相の救命は極めて難しかったことがうかがわれます。
しかし、医療の使命は人命尊重と救命です。助かる見込みが低くとも、患者の家族が現場に到着し、納得を得るまで、ありとあらゆる手を尽くして救命措置を続けるのが慣例です。家族が同意して初めて救命措置が終了し、死亡が確認されるのです。
昭恵夫人が到着するまでの約4時間半にも及ぶ必死の救命措置は、医療の立場からすると当然の対応といえるでしょう。
「輸血の無駄遣い」という批判に見る、本当の問題
通常の十倍もの輸血をかき集めたことで、地域医療への影響が懸念されるという指摘は、確かに否定できません。しかし、この指摘における本当の問題点は、日本で献血に協力する人が少ないことではないでしょうか。日本では献血に協力する人が少なく、たびたび、必要な輸血量が献血量を上回る事態も生じています。コロナ禍となってからは献血協力者の減少がさらに深刻で、日本赤十字社は連日献血の協力を呼びかけています。
「100単位以上の輸血」は、必要となればどんな患者にも供給が試みられます。そのときに輸血が足りなかったり、その患者に輸血を行ったために他の患者が輸血を受けられなくなったりしたのであれば、責任は非協力的な社会にあります。患者が必要とする措置を行えないというのは、決して患者のせいではありません。
「輸血の無駄遣い」という批判は、他者の生命を軽視するものであり、「一般人ではありえない優遇」という見解こそ、他者の生命を選別しようとする態度ではないでしょうか。
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