(※写真はイメージです/PIXTA)

東京のゲーム開発会社から長野市の製本・印刷会社に転職を決めたAさん。子どもの誕生を機に妻の実家がある長野市に移住をしようと地方転職を決断。ゲームのプログラマーからまったく畑違いの製本・印刷会社への転職はどのように成功させたのでしょうか。キャリアコンサルタントの江口勝彦氏が解説します。

まったくの畑違いの製本・印刷会社

■Uターン転職で夢を叶えた成功者

 

私は2010年に会社を設立して現在では年間200人を超える紹介を行い、累計1400件以上の転職をサポートしてきました。

 

一般的にマッチングが難しいとされる特殊な職業の人や、妻の地元に転職することを選んだ人、今までのキャリアを活かしつつ別の職種に転職した人、募集のない会社にジョブ・ハンティングして成功した人、募集が少ない管理職40代女性の転職など、バラエティーに富んでいます。

 

途中で諦めたり失敗したりするケースも多いUターン転職ですが、転職活動のやり方次第では非常にスムーズに実現していきます。

 

Uターン転職への熱意とビジョン、ビジョンに近づくための正しい情報収集、専門家のサポートなどがあれば、幸せなUターン転職を叶えることができるのです。

 

私の会社で転職をサポートし、幸せをつかむことができた人たちを紹介します。

 

■ゲームプログラマーから社内SEへ そして、新たな環境で挑戦も

 

東京のゲーム開発会社に勤めていたAさんは、長野市の製本・印刷会社に転職しました。子どもの誕生を機に妻の実家がある長野市に移住したいという想いが膨らんだことが地方転職のきっかけです。

 

「ゲーム業界は卒業し、長野市でエンジニアとして仕事ができればいい」と思って始めた職探しは、ゲームプログラマー一筋の職歴と年齢も相まって、思うようには進みませんでした。そんななかで出合ったのは、まったくの畑違いである製本・印刷会社だったのです。

 

▶地方への転職を望んだとき、過去の都内での転職手法は役に立たなかった

Aさんは現在、製本・印刷会社のシステムエンジニアとして社内システムの管理やメンテナンスをしています。また、会社の自社サービスとしてフォトブック製作や電子出版事業も展開しており、そうしたWEBソリューションサービスの開発や運用・管理の仕事も徐々に増えています。

 

Aさんは前職ではずっとゲーム開発会社でプログラミングやユーザインタフェースの処理などを行っていました。しかし、現在は社内ネットワークの使い勝手を改良したり、製本のフローを効率化したりと、事業を支える裏方のエンジニアとして活躍しています。

 

Aさんの生まれは新潟県上越市です。新潟市の専門学校でゲームプログラムを学び、卒業後は東京のゲーム開発会社に就職しました。小さい会社なら若手でも即戦力としてスキルを磨けると考え、小規模企業を狙って就職しましたが、最初の会社は倒産してしまったそうです。

 

次ページ利用する転職支援サービスを見直すとき

本連載は江口勝彦氏の著書『幸せのUターン転職』(幻冬舎メディアコンサルティング)から一部を抜粋し、再編集したものです。

幸せのUターン転職

幸せのUターン転職

江口 勝彦

幻冬舎メディアコンサルティング

30代になると結婚や子どもの誕生、マイホームの購入、親の介護などさまざまなライフイベントを迎えます。 そのタイミングで都会からのUターン転職を考える人もいますが、年収やキャリア形成の不安から「自分が働ける場所はな…

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