(※写真はイメージです/PIXTA)

「いずれ長野に帰りたい」という奥さんの言葉を聞いて人生が一変。38歳の半信半疑の転職活動が始まりました。営業経験はゼロでしたが、欧州向け電気機器の商品開発、欧州駐在の経験が評価されて、とんとん拍子で転職が決まりました。キャリアコンサルタントの江口勝彦氏が解説します。

「いずれ長野に帰りたい」という妻の言葉

■Uターン転職で夢を叶えた成功者

 

Uターン転職への熱意とビジョン、ビジョンに近づくための正しい情報収集、専門家のサポートなどがあれば、幸せなUターン転職を叶えることができるのです。

 

私の会社で転職をサポートし、幸せをつかむことができた人たちを紹介します。

 

■38歳で妻の故郷へ 前職のスキルを活かせる海外営業に新たなやりがい

 

Bさんは、名のある企業で技術職を5年、商品企画職を10年経験しました。壁にぶつかることはありつつも、恵まれた環境で充実した仕事をしていたBさんにとって転職、ましてや地方への移住などまったく縁のない話でした。

 

しかし、妻からの「いずれ長野に帰りたい」という言葉を聞いて人生が一変しました。38歳で条件の良い転職ができるのかと訝りながらも、試しにと活動を始めると、ぜひにと求めてくれる今の会社との出合いがあり、トントン拍子に入社が決まりました。 

 

欧州市場を相手に商品企画のキャリアを積んできた経験を高く評価され、未経験の営業職に採用されたのです。

 

長野での暮らしは思っていた以上に心地よく、「転職のために犠牲にしたものは何もない」と言うBさんに、転職のコツや転職してよかったことなどを聞きました。

 

■商品企画を10年 積み上げた欧州市場への知見を認められた

 

Bさんが現在勤めている会社は、地元では精密モーターメーカーで知られる会社です。Bさんはその会社の福祉・生活支援機器部門の海外営業職として勤務しています。

 

視覚障害者向けデジタル録音図書読書機などの福祉機器を、欧州・中東・アフリカ各国の点字図書館のような機関や、代理店・販売店に営業しています。現在は国内にいて、欧州に駐在している担当者と協力しながら仕事を進めています。

 

Bさんは子どもの頃からずっと首都圏に住み、大学では機械工学を専攻していました。卒業後は横浜に本社のある電気機器メーカーに機構設計の技術者として就職しました。5年ほど設計に携わった頃、もっとユーザーに近いところでものづくりに関わりたいという思いが芽生え、商品企画の部署へ配転したそうです。

 

ちょうどその頃、イギリスの販社に商品企画担当者が派遣されることになり、3年間、欧州の市場を肌で感じるという貴重な経験をしました。帰国後も含め、合計で約10年間、商品企画に携わっていました。

 

イギリスから帰国後も欧州向けの商品企画を担当していたのですが、転職の2~3年前から、手掛けていた製品分野の市場に閉塞感を感じるようになりました。新しいことを提案するのもなかなか難しい状況になっていたようです。

 

Bさんは、少し行き詰まったような状況のなか、家で妻に何気なく今後のキャリアプランについて相談しました。すると、長野市出身の妻が「ゆくゆくは長野に帰りたい」と言ったのです。

 

この言葉を聞くまで、Bさんは自分が転職をするなどとは考えたこともなく、青天の霹靂だったといいます。

 

「行き詰まっていたとはいえ、それなりに充実した仕事をしていましたから、初めは『あり得ない』と思いました。ただ、妻と話をするうちに少しずつ、転職の可能性を考えるようになっていきました」

 

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本連載は江口勝彦氏の著書『幸せのUターン転職』(幻冬舎メディアコンサルティング)から一部を抜粋し、再編集したものです。

幸せのUターン転職

幸せのUターン転職

江口 勝彦

幻冬舎メディアコンサルティング

30代になると結婚や子どもの誕生、マイホームの購入、親の介護などさまざまなライフイベントを迎えます。 そのタイミングで都会からのUターン転職を考える人もいますが、年収やキャリア形成の不安から「自分が働ける場所はな…

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