社長が大株主である限り、事業承継は「完了しない」
中小企業の事業承継は、経営権(代表取締役となり会社の業務に関する一切の行為をする権限を持つこと)と、自社株の2つを後継者に継ぐことで完了します。この2つを後継者に承継していく事業承継計画を作り、その計画を実行していくことが必要です(『【豊かな日本か、貧しい日本か】中小企業の事業承継が社会にもたらす、想像を超える「影響度」』参照)。
中小企業の社長は、発行済み株式の大半を持っています。社長がすべての株式を持っていることも珍しくありません。株主として社長以外の人を社長にして会社の経営を任せることは可能ですが、中小企業の社長は、そのようなことをほぼしません。社長が引き続き経営を担っていくと思う限り、株主総会で自身を社長にする決議をして、自身が社長に就任し続けます(代表取締役を株主総会で決めるとしている会社の場合)。
事業承継のために、株主の社長が後継者を社長にして社長の座を退いたとしても、株主である以上、いつでも後継者を解任し、自身が社長に再度就任することができます。
中小企業では、社長が株主である限り社長にすべての権限が集中し、所有と経営が常に一体化しています。所有と経営が一体化していれば、会社の事業に関する意思決定は、株主である社長がすべて行うため速やかです。しかし、社長も年齢を重ねれば、いつかはその座を去ることも必要です。いつまでも権限を持ち続けることは後継者への承継を滞らせてしまいます。すべての権限が集中する社長にとって、いつ後継者にその権限を承継するかを決めることは難しいかもしれませんが、それは社長にしか決められない重要な確定事項です。
親族(とくに社長の子)を後継者とする中小企業の事業承継では、親族後継者に「所有と経営が一体化している体制」を引き継がせる計画を作り、その計画を実行していくことになります(親族外に承継する事業承継では、所有と経営が分離することもあるでしょう)。
ここでは、自社株を承継する3つの方法、「売る」「贈与する」「相続」のうちの1つ、「社長が持つ自社株を売ることで承継者に移転する」スキームについて言及したいと思います。
社長が自社株を売る候補先
中小企業の事業承継対策として社長が自社株を売る候補として考えられるのは、
①親族の後継者
②親族ではない取締役や従業員
③親族の後継者が支配する持株会社
④従業員持株会⑤親族でも会社関係者でもない第三者(いわゆるM&A)
が考えられます。
親族への事業承継を目指す場合には、①親族の後継者、又は③後継者が支配する持株会社に社長の自社株を売ることになります。後継者や持株会社に自社株を売ることに加え、従業員持株会へ売ることも組み合わせて対策を行うこともあります。
「売却価格の決定」は、専門家をもってしても難しい
社長が持つ自社株は、上場株式のように売買する市場もなく、売るにも譲渡制限があるまったく流動性のない株式です。そのため、いくらで売るか、その価額の決定が非常に重要です。
売買する際には、売る側と買う側それぞれに希望価額があります。希望価額を擦り合わせ、お互いで合意した価額なら問題ないのですが、社長の子が後継者になるなどの親族後継者への売買価額には課題があります。
社長から親族後継者への売却や親族後継者が支配する会社への売却(この2つの売却について「親族等への売却」といいます)には恣意性入り込むため、税務上も問題が生じます。
親族後継者が社長から自社株を買う場合において、後継者は安く買いたいという思惑もあります。後継者は有する資金も少ないため、自社株を買うために資金調達することも考えなければなりません。調達する資金は少ないほうがよいので、社長から安く買えないかと検討することもあるでしょう。社長も親族とくに子に売却するならば、売却価額が安くてもよいと承諾することもあるでしょう。
このような問題があるものの、親族等への売却には、税法で価額についての規定があります。法律に決まりがありながらも、自社株の売買価額の決定の仕方や売買に伴い発生する課税関係の判断には、専門家の税理士でも迷うところが多いといいます(筆者は税理士ではないため、税務上問題のない価額について詳しく述べることはしません。また、価額の決め方の解説は本稿の趣旨と離れるため、詳細は触れません)。
一方、社長の親族ではない他者への売却(M&A)では、社長はより高い価額で売却することを希望するでしょう。M&Aでは、より高く売却したいと社長が思うのは当然のことです。しかし、買う側も会社の状況を判断して価額を提示してきます。売る側の売却希望価額と買う側の希望価格のすり合わせが行われて決定した価格には、親族等への売却のような税務上の問題は生じないでしょう。