(※写真はイメージです/PIXTA)

日本には世界的な技術を持つ中小企業が多数存在する一方、経営者の高齢化による廃業も増えています。貴重な技術や知識をつなぐために、事業承継は喫緊の課題です。事業承継に必須となる「自社株を譲る」ステップとして、自社株を「売る・贈与する・相続させる」という3つの手段がありますが、本記事では「社長が持つ自社株を売る」ことで承継者に移転するスキームについて解説していきます。

「持ち株会社方式」による対策には、複数の注意点あり

「社長の子」が後継者と決まり、社長が所有する自社株の後継者への移転を検討しているときに、持株会社方式の提案を受けた社長も多いでしょう。

 

持株会社方式とは、後継者が資本金を出資して持株会社を設立し(少額の資本金で設立することが多い)、その会社が資金調達して社長が所有する自社株を買い、社長の自社株を後継者に移転する方式です(社長が株主の会社を利用して行うこともあります)。

 

持株会社が株式買取り資金を金融機関から借入れで調達します。持株会社は社長の株式を取得する目的で設立されるため、事業を行って利益を上げていくような法人ではありません。そのため、株式買取り資金としての借入金は、持株会社が株主として得る配当を原資に返済していくことになります。

 

持株会社方式で社長の自社株承継を行う場合、持株会社が支配する社長が株主であった会社(以後、事業会社といいます)の、配当により返済を行っていくため、事業会社はこれまでに蓄積した利益を配当として拠出していかなければなりません(一時的に大きく出す、または継続的に返済額に見合う額を配当していくなどの配当の出し方は、会社により異なると思います)。

 

事業会社は利益を持株会社のために配当しなければならず、得た利益又は蓄積した利益を事業用に投資することができなくなる可能性も生じます。蓄積した利益が潤沢、または返済額に見合う配当を支払っても問題ない水準で利益が見込めるような事業会社なら問題ありませんが、そうでなければ、借入れた株式買取り資金を返済するための配当は、後継者が事業会社を経営することにおいて大きな負担となります。

 

同族の会社に社長が株式を売却するときの価額は、所得税基本通達に規定があります(所得税基本通達59-6 株式等を贈与等した場合の「その時における価額」)。この通達には、「株式を譲渡又は贈与した個人が当該株式の発行会社にとって中心的な同族株主に該当するときは、当該発行会社は、財産評価基本通達で定める〈小会社〉に該当するものとする」と規定されています。

 

この「小会社」の株価について、財産評価に関する基本通達に定めがあるのですが、発行会社の会社規模が大きい場合(財産評価基本通達178条 取引相場のない株式の評価上の区分)、「小会社」として計算される株価は、高くなる可能性があります。「高くなる」とは、後継者個人に贈与する、または相続する場合の価額(財産評価基本通達179条 取引相場のない株式の評価の原則)と比べて高くなる可能性があるということです。

 

会社規模が大きい場合、財産評価通達では、後継者個人に贈与する又は相続するときの株価は、持株会社に売買する際に「小会社」として評価される株価よりほぼ低くなります(高くなるようなケースも存在するためすべてにおいて低くなるとはいえません)。

 

もし、相続や贈与することの方が後継者の負担額が少なくなると考えられるならば、相続税や贈与税への納税資金対策ができれば、持株会社方式を採用しないほうがよいという判断もあると思います。

 

後継者が少額資本で設立した持ち株会社へ移転する方式は、自社株を持株会社に移転した後、後継者が経営する事業会社の配当を頼りに金融機関への返済が必要となりため、経営を引き継いだ後継者の負担が大きくなります。そのため必ずしもよい方法とはいえないこともあります。筆者が申し上げたいのは、是非、慎重な判断をして欲しいということです。

 

筆者は以前、株式を持株会社に売却することの税は、分離課税で20%(復興特別所得税として基準所得税に2.1%をあわせて納税する必要がある)であり、相続税率よりも低いからメリットがある、と提案を受けて喜んでいた社長にお会いした経験があります。確かに税率は低いのですが、「社長と後継者にとって本当によい仕組みなのか?」と、疑問に思ったことがあります。

事業承継は「論理」「情理」の両面の支援が必要

税の判断については、税理士の資格がない筆者が申し上げることはできません。事業承継対策には、資産価額の算出など税に関する課題は多く、税理士の関与が必須です。税務判断が必要な事案について、筆者は、常に実績のある税理士と連携し、税務判断は税理士が行うことで進めています。

 

事業承継は「論理」と「情理」の両面で支援することが何よりも大切となります。税務の「論理的」な判断は税の専門家に任せ、その判断をふまえたうえでどの方法を採用するか、社長や後継者、そして社長の家族の「情」もくみ取り、寄り添いながら、社長が納得するプランを実行することが重要なのです。

 

事業承継を検討するときには、対応する専門家チームが、上述した「論理と情理」で支援してくれるかどうか、社長自身の目でぜひ見極めていただきたいと思います。

 

石脇 俊司
一般社団法人民事信託活用支援機構 理事
株式会社継志舎 代表取締役

 

 

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