一度発症すると完治しないが…心不全における治療とは
心不全の進行状況は、ステージやクラスで区分されます(図表1、2)。つまり「心不全の治療」とは、次のステージやクラスへ進ませないための「予防」である、ということです。
一般的に、予防と治療は意味が異なります。予防とは健康な人がその状態を維持するために行うもので、治療とはすでに病気を発症した人が症状を改善したり、原因を解消したりするために行うものです。
しかし、心不全の場合はステージやクラスで進行していくため、予防と治療は同様の意味で語られることが少なくありません。
■進行に合わせて「予防」と「治療」を考える
病気の進行にステージがあるように、予防もいくつかの段階に分けられます。
「1次予防」…病気になる前の健康な人に対して、病気の原因と思われるものの除去や忌避に努め、病気の発生を防ぐもの
「2次予防」…可能な限り病気を早期発見・早期治療し、病気の進行を抑え、病気が重篤にならないように努めるもの
「3次予防」…病気が進行したあとに、再発を防止したり、リハビリテーションを行ったりして、スムーズな社会復帰を目指して行うもの
従来は、3段階に分類するのが一般的でした。しかし近年では「0次予防」として、一人ひとりが自分の健康状態を把握し病気の予防を推進することがとても重要である、という考えが広がってきました。
この「0次予防」から「3次予防」の考え方を心不全に応用して、進行や重症化に伴ってやらなければならないことを考えてみると、次のような図になります(図表3)。
0次予防から2次予防までは、自分自身でできることが多いと分かります。反対に3次予防になると自分でできることが少なくなり、医師や理学療法士をはじめ、専門家の力を借りることが必然的に多くなります。
こうして考えれば、どれだけ早く心不全の重大さを自覚して病気の進行を食い止めるかが、予後の良し悪しに大きく影響することが分かると思います。
心不全の予防・治療は先手必勝…0次予防ですべきこと
■家族の病歴をチェック。高血圧や糖尿病などはないか?
心不全治療における0次予防の役割はもちろん、「ステージAに進ませないこと」です。
そのために必要なことは、「自分の体質や健康上の特性を知ること」です。
例えば、家族の病歴を知っておくことは自分自身の健康管理に役立ちます。両親や兄弟、祖父母がどんな病気にかかったのか、また、どんな病気が原因で亡くなったのか知っておけば、「もしかしたら自分もその病気にかかるかもしれない」という自覚を促すことになります。
心不全をはじめ心臓にまつわる疾患は、基本的に遺伝性のものは多くはありません。しかし、心臓の病気になりやすい人の特徴として、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、肥満、喫煙がありますが、これらのなかで高血圧、糖尿病、高コレステロール血症は遺伝性があると考えられています。
また、心不全の原因となり得る心筋症や不整脈のなかにも、一部遺伝性のものがあります。もし、両親や祖父母のうち誰かがそうした病気を発症し、それが遺伝性のものだったら、自分にもその遺伝子が受け継がれているかもしれないということです。
遺伝子を受け継いだとしても、もちろん必ず発症するわけではありません。ですが、そうしたリスクを事前に知っておけば、生活習慣を改善したり、ちょっとした体調の変化に敏感になったりすることで、病気の発症を防ぐことができるかもしれないのです。
家族の病歴を知っておくことは、心不全だけでなくがんなどの予防にもつながりますので、祖父母くらいにまで遡り、確認しておくとよいでしょう。
■食生活や運動などの「健康的な生活習慣」を意識することも重要
それから0次予防では、「良い生活習慣を身につける」ということも大切です。食事や運動などに気を付けることはもちろん、人によってはタバコをやめる、お酒を控えるといった改善が必要なこともあります。
高血圧や糖尿病、脂質異常症は、心不全を招く大きなリスクです。こうした病気を防ぐために、「肥満にならない」「塩分を控える」「運動する」といった、健康的な生活習慣を身につけるべきです。
特に0次予防として取り組みたいのが、「体を動かす」ということです。
「体を動かす」ことが健康維持のために大切だと分かっていても、なかなか取り組めないという人も多いと思います。
厚生労働省が発表した「令和元年国民健康・栄養調査結果の概要」によると、運動習慣のある人の割合は男性で33.4%、女性で25.1%でした(図表4)。
この10年間で見ると、男性では特に増減はありませんが、女性は減少しています。
年齢階級別に見ると、「運動習慣がある」と答えた人の割合は男性では40歳代、女性では30歳代で最も低く、それぞれ18.5%、9.4%でした。
さらに、運動習慣のない人に対して「あなたは、運動習慣を改善してみようと考えていますか」と尋ねたところ、「関心はあるが、改善するつもりはない」と回答した人の割合が最も高く、男性は31.2%、女性28.2%という結果でした。
健康管理には運動が大切ということは、誰もが分かっていると思います。それにもかかわらずなぜ改善の意志がないのか、運動習慣の定着の妨げとなっているものを尋ねると、男女とも回答が多かったのが「仕事(家事・育児等)が忙しくて時間がないこと」でした。その他、「面倒くさいこと」「年を取ったこと」などが目立ちました。
しかし、仕事が忙しい人や運動をするのが面倒くさいと感じる人でも、簡単に取り組める運動があります。それは「ウォーキング」です。駅までの通勤でバスや自転車を使っているなら徒歩に変えてみたりスーパーへの買い物も徒歩で行ったり、これだけの工夫で、歩数はいくらでも伸ばせます。
現在の日本人は毎日、驚くほど歩いていません。同じく、厚生労働省が発表した「令和元年国民健康・栄養調査結果の概要」によれば、歩数の平均値は男性で6793歩/日、女性で5832歩/日でした(図表5)。この10年間で見ると、男性も女性も明らかに減っています。
運動習慣を身につける第一歩として、歩数計を用意し、自分の歩数をカウントしてみるとよいと思います。現状が分からなければ改善策を講じることはできないからです。
歩数計を用意したら、次に手に入れるべきなのが「良い靴」です。靴は体のいちばん下に着けるものですから、あまり意識が向かない人もいるかもしれません。ファッション性やデザインなどで選ぶ人もいますが、靴ほど、機能によって良し悪しが分かれるものはありません。とりわけ、ウォーキングのときに使用する靴は、できる限り、機能にこだわって選ぶべきです。
なぜそれだけ機能にこだわって靴を選ぶかといえば、いい靴はひざやかかと、骨盤などに負荷を与えず運動することができるからです。ウォーキングのときの姿勢は、「ひざや脚をしっかり伸ばす」「つま先で地面を蹴る」「かかとから着地する」のが基本です。しかし、機能が劣る靴を履くとたちまちひざやかかとに体重分の負荷がズシンズシンと掛かりますし、歩くたびにお尻が左右にぶれ、骨盤や腰に負担を掛けてしまいます。「健康に良いと思ってウォーキングを始めたのに、ひざや腰に痛みが出た」というのでは、まさに本末転倒です。
最近ではインターネットなどでも手軽に靴を購入できますが、できればきちんと試着して、自分の足にぴったりフィットする靴を選ぶのが良いです。店舗によってはシューマイスターや専門家が常駐して甲の幅や指の長さ、靴の用途などを確認しながら、一人ひとりに最適な靴をお勧めしてくれることもあります。
「機能的に優れている」ということは、必ずしも「価格が高い」ということではありません。自分にとって相性の良い靴は、足にぴったりフィットしているのはもちろんのこと、「それを履いていると自然と気分が明るくなり、どんどん歩きたくなる靴」「気持ちがポジティブになり、運動が楽しくなる靴」です。そうした靴をウォーキングのパートナーに選ぶべきだと私は思います。
靴を選んだら次にウォーキングの目標を立てます。歩数の目安は、1日3000〜5000歩です。平日にそれだけ歩くのが難しければ、週末にゆっくり時間をかけて歩くだけでもかまいません。理想をいえば週3回くらいは1万歩を歩くことができればよいでしょう。
また歩く速度は、歩き終わったあとに軽く汗ばみ、「下着を取り替えようかな」と思うくらいを目指します。もし誰かと一緒にウォーキングをするなら、おしゃべりできるくらいの速さで歩きます。「ちょっときついかな」と感じるくらいの運動は、心肺機能を向上させ、心不全をはじめ心臓病のリスクを軽減します。
スウェーデンのウプサラ大学が心不全の既往歴をもたない20〜90歳の男女約4万人を対象に調査を行ったところ、余暇時間に運動をする習慣がある人は、心不全の発症が少ないことが明らかになりました。最も心不全の発症リスクが低かったのは、ウォーキングなどの中強度の運動を1時間、または、水泳やジョギングなど強度が高めの運動を30分毎日続けている人たちで、心不全の発症は46%低下していたといいます。
ぜひ、こうした運動を毎日の生活に取り入れたいものです。そして、心不全だけでなく、生活習慣病などほかの病気も予防して、心身ともに健康でいることが大切です。
大堀 克己
社会医療法人北海道循環器病院 理事長
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