【そない気ィ遣わんとカネ使こて】
京都ジンは、確かによく気を遣う。同じお願いをするにしても、「〇〇しておくれやさしまへんやろか」と、実に丁寧だ。
最近では、この手の言い回しは年配以外ではあまり使われなくなったようだが、それでも「〇〇しとくれやす」とダイレクトにはいわない。
大体、ひとにモノを頼むというのは、命令をするということだ。
千二百年以上の間、命令され続けてきたせいか、京都ジンは命令するのもされるのも嫌いで、決して命令文を使っての頼みごとをしない。そして必ず、いまの例文のように否定疑問文にして目的を遂げるのである。
確かに「〇〇しなさい」「〇〇しなければなりませんよ」などといわれるより、「〇〇してくれはらしまへんやろか」「〇〇してもろてよろしやろか」と訊ねられるほうが、言語生理的には、とても気分がいい。
ものをあげるときもそうだ。菓子折持参でどこかに挨拶に行ったとき、わたしなどは「これ、皆さんで召し上がってください」といって渡す。
だが、京都ジンはそうはいわない――。
かくかくしかじかの理由で、と丁寧に口上を述べたあと、「そんなわけで、これ、もろてもらえしまへんやろか」とおずおずと差し出す。
そんな風にされると、貰う側の人間としては「なにをおっしゃいます。喜んで頂戴させていただきます」と思わず両手が、「前にしゃしゃり出て」しまうのである。
…お返しせェしまへんで
立場が逆だった場合、京都ジンが決まって口にするのが、「まあまあ、そない気ィ遣わんでえーのに」である。
これはモノをもらった京都ジンが必ずといっていいほど口にする常套句であるが、そういったからといって本当に申し訳ながっているわけではない。
その場合の受け手の内心語は、そんなカネ、いくら使わはってもかましませんけど、うちはお返しせェしまへんえ。それでよろしーのやねーということだ。
また、「いっつももろてばっかりで気ずつない(申し訳ない)わぁー。どないしょー」などと、いかにもすまなそうな顔をする手合いもなくはないが、決して本心でいっているわけではない。
その証拠に、そういうひとに限ってお返しというものをしたことがないはずだ。
つまりは、気ずつないなどとは、つゆほども思っていないのである。
なかには、当然とばかりに受け取り、「いっつもおーきに。奥さんによろしゅういうといて」とカタチばかりのお愛想で返すひともいる。
別バージョンでは、いかにも京都ジンらしい皮肉の籠った冗句(決まり文句)として、「気ィ遣わんとカネ使こてー」というのもある。
これは口先だけの礼を述べ、カタチあるものを持参しない輩に対して使われるフレーズだが、口にした当人もカネがもらえると期待していっているわけではない。
ただ、取りようによっては、「口だけならなんとでもいえる。誠意というやつを見せてくれ」と、暗にワイロを要求している恐ろしい言葉ともなるのがコワイ。
大淵 幸治
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