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モール運営会社がいまだに不動産業と考えている
こう考えてみるとよい。たとえば、エンターテインメント集団のシルク・ドゥ・ソレイユが新たなショーを企画する場合、最初に話し合うのは、会場テントのサイズや色ではないはずだ。だいいち、シルク・ドゥ・ソレイユの仕事は、会場テントの設営ではない。素晴らしいストーリーを生み出すのが仕事である。
独自の魅力あるストーリーを書き上げることが、最初の仕事なのである。テーマは何か。登場人物は誰か。ストーリーをサーカスのスキルでどう盛り上げられるのか。観客をどういう方向に誘導したいのか。こうした点を1つひとつ明確にしないことには、ショーの規模など想定のしようがないではないか。ショーの規模がわからなければ、テントのサイズも決められないし、どういう外観にすべきかわかるわけがない。
話を戻すと、商業不動産業界の根本的な問題は、自分たちがいまだにテント屋だと思い込んでいる点にあるのだ。テントは重要ではあるが、客がやってくるお目当てはショーなのだという理解に欠けているのである。
では、未来のショッピングモールはどうあるべきか。工業化時代のご先祖さまの姿からどう脱却していくのか。設計は建築家に任せればいい。だが、経験上、運営面で絶対に手を抜けないことがある。
2018年後半にイギリスを訪れた際、ロンドンのキングス・クロス地区の「コールドロップスヤード」と呼ばれる新しい複合用途開発施設を視察した。「コールドロップ」(石炭荷降ろし場)の名称からもわかるように、ビクトリア朝時代の貨物鉄道石炭置き場跡地を活用した斬新な再開発プロジェクトで、設計は著名建築家のトーマス・ヘザーウィックが手がけた。美しさは主観的なものゆえ、ここのデザインを賞賛する声もあれば、それほどでもないといった声もある。
ただ、この再開発に独特の土地柄が取り入れられていることは、誰の目にも明らかだ。キングス・クロス地区は歴史があり、少々波乱に富んだ過去を持つが、その土地らしさがそのまま見事に取り込まれている。このデザインのおかげで、中央広場が際立ち、ここを取り囲むように、住宅エリアやディケンズの小説に出てきそうな雰囲気の小売りスペース、総合オフィススペースが混在するほか、敷地内外にホスピタリティ施設や外食施設が並ぶ。
ショッピングモールは「実在する場所」でなければならない。そう言うと、「何を当たり前のことを」と思われるかもしれないが、今、ショッピングモールの多くは、巨大なコンクリートの塊があり、周囲はアスファルトだらけというのが実態だ。独自性とか心躍る雰囲気とか個性のかけらも感じられない。出店地域を彷彿とさせるものは何もない。
強いて言えば、モールの名称にそれらしい地名が入っているかもしれないが、そんな程度で本物のコミュニティらしさは生まれない。どこにあっても大差なく、土地とのつながりが見えないのだ。無意味なのだ。
残念ながら、コールドロップスヤードのような開発事業ばかりではないし、むろん、すべてがそうである必要もない。だが、ショッピングモールをどこかに建てるのであれば、その場所を独自性のあるストーリーの舞台として捉えなければならない。その舞台が本格的で、借り物でない独自の味わいがあるほど、人々は魅了される。土地柄が強く滲み出ているほど、人々がそこに集いたいと思う気持ちも強くなる。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント