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ホスピタリティとエンターテインメント
だが、現状をまったく違う視点で捉えている少数派もいる。その1人がマーク・トロだ。
トロは、複合用途商業スペースの設計・建設を手がけるノースアメリカンプロパティーズ(本社テキサス州アトランタ)の会長である。最近では、ジョージア州アルファレッタのユニークな複合用途施設開発プロジェクト「アバロン」などを手がけている。
マークと初対面のときに、「もう商業不動産業は長いんですか」と尋ねた。すると、「商業不動産業には携わっていません」と思わぬ言葉が返ってきた。
「うちはホスピタリティとエンターテインメントの会社なんですよ」
わが耳を疑った。そんな回答は聞いたことがなかった。
マークとの付き合いが深まり、同社についていろいろなことを知るうちに、彼の言葉の意味がはっきりとわかってきた。たとえば、上に挙げた複合目的施設「アバロン」では、年間ざっと260件のイベントが開催されている。週に5件のペースである。こうしたイベントが、周辺地域から数千人の観客を集めることも珍しくない。コンサート、屋外映画会、花火はもちろん、ここで結婚式を挙げたカップルまでいるという。
さらに、マークらは、あのリッツカールトン主催のホスピタリティ(おもてなし)講座にも通っている。だから、ショッピングモール運営会社という意識はなく、「体験仕掛人」と自覚しているのだ。
マークらは、単にホスピタリティやエンターテインメントの業界動向を追っているだけでなく、徹底的に研究している。では、同社が提供しているものとはいったい何なのか。そんな疑問をぶつけると、トロは「当社が売っているのは、人間のエネルギーです」と胸を張る。このエネルギーこそ、人から人へと広がる力を持ち、しかも物事の根底を支えるのであって、これが成功につながるのだ。
その視点に立てば、ショッピングモールの開発運営会社の大多数が抱えている問題が浮き彫りになる。その多くは「自分たちがショッピングモール業に携わっている」と信じて疑わない。要するにモールという巨大な「箱」を造って、長期テナント契約を結び、修繕を続けながら、小売業者などのテナントから賃料を回収するというビジネスである。賃料は売り上げに対する歩合率で算出することも少なくない。
こうした施設運営企業が気づいていないのは、業界はすでに20年前に死んでいるという事実だ。パンデミック前にネットショップが実店舗のほぼ4倍のペースで成長を遂げていたような世の中で、そもそも「店の集合」を意味する「ショッピングモール」とか「ショッピングセンター」といった言葉自体に、どれほどの意味があるだろうか。ビジネスモデルとして、ショッピングモールはすでに終わっているのだ。
最近でさえ、業界のテーマは、目先のことばかりだ。モールはもっと大型化すべきか、小型化すべきか。物販を増やすべきか、減らすべきか、屋内スキー場やジェットコースターのようなアトラクションを導入すべきか。モール出店数自体を増やすべきか、減らすべきか。そんな話ばかりである。
いろいろな議論はあるようだが、その答えは、極めて重要なポイントにかかっている。つまり、どういうストーリーを描いているかだ。