元気な人でもグルテンフリーにしたほうがいいのか?
「グルテンフリー」といえば、アメリカの人気モデルやセレブたちが取り入れたり、プロテニスプレーヤーによる著書がベストセラーとなったりしていて、原因のはっきりとしない不定愁訴の原因はグルテンではないかと考える人たちが増えているようです。小麦製品を控えることで体調が好転するだけでなく、糖質の摂取も控えられてダイエット効果も期待できるという考えで、健康に高い関心を持つ人たちの間でグルテンフリーが注目され、ブームとなっています。日本ではまだそれほどではありませんが、米国のグルテンフリー市場は今や数十億ドルにものぼると言われます。
確かに、小麦を摂ることで体調が悪くなる人がいる反面、普通に小麦を食べてもまったくなんともない人もいます。では、小麦を食べても問題ない人までが「グルテンは身体に良くない」と避けなければいけないのでしょうか?
一つ、はっきりさせておかないといけないことがあります。
それは、病気の人の病態を根拠にして、健康な人にも同じ方法を当てはめることはできないということです。これはグルテンフリーだけに限らず、最近流行の糖質制限にも当てはまります。
少し話はそれますが、糖尿病や耐糖能障害のある人が糖質を制限することが、健康にいいということは異論のある人は少ないでしょう。しかし、だからといってまったく耐糖能に問題のない人まで厳格な糖質制限をしたほうがいいかどうかは別問題なのです。
健康な人の糖質制限が健康寿命にプラスに作用するというエビデンスは今のところありません。糖質制限についてはまた別の機会にお話ししましょう。
■元気な人のグルテンフリーダイエットの「リスク」を示す報告
話を戻すと、小麦を食べても症状はなく、検査上もまったく問題のない人が、グルテンフリーダイエットをすることが、どれほど健康にプラスに働くかについては、はっきりとしたエビデンスはありません。セリアック病やグルテン・小麦過敏症の人は、グルテンが腸管に炎症を起こすということは明らかなエビデンスがあります。しかし、腸管バリア機能の正常な健康な人においては証明されておらず、過敏症のある人と健康な人とを区別しないで議論されているのです。
逆に、健康な人がしっかりとした知識もなく自己流にグルテンフリーにすると、食物繊維不足になり、かえって健康に良くないというエビデンスはあります。グルテンフリーが健康にいいと思って実施されてきた人にとっては、この事実はショックかもしれません。
セリアック病およびグルテン・小麦過敏症患者と健常者におけるグルテンフリー食がどのようにマイクロバイオータに影響を与えるのかを総括したレビューがあります(*文献)。
このレビューでは過去10年間にグルテンフリーダイエットに関して発表された文献をすべて検討した結果で、グルテンフリーがマイクロバイオータに及ぼす影響について考察しています。
セリアック病やグルテン・小麦過敏症の患者では、グルテンフリーにすることで、マイクロバイオータの中の悪玉菌は減る傾向がありました。しかし、健常者では、逆にビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌が減ったのです。単一の論文であれば、議論の余地があると思いますが、このレビューでは複数の論文から得られる結果を総括したものです。
<*文献>
Giacomo Caio, Lisa Lungaro, Nicola Segata, Matteo Guarino, Giorgio Zoli, Umberto Volta, and Roberto De Giorgio. “Effect of Gluten-Free Diet on Gut Microbiota Composition in Patients with Celiac Disease and Non-Celiac Gluten/Wheat Sensitivity,” Nutrients. 2020 Jun; 12(6): 1832.
健常者がグルテンフリーにすることで善玉菌が減る理由についてはこのレビューでは詳しくは触れていませんが、別の論文では、通常の食事に比べるとグルテンフリーダイエットでは食物繊維が減る傾向にあると書いてあるものもあります。食物繊維の摂取量が減ることが、善玉菌が減った理由という可能性はあります。
もちろん、これらの論文だけから、健常者は小麦を摂ってもまったく問題はないという結論は導くことはできません。小麦にはグルテン以外にも、腸管に炎症を起こすとされる物質が含まれています。また、精製された小麦だけを制限する場合と、それ以外のスペクト麦、オーツ麦などの穀物も制限するのかで食物繊維などの栄養素の不足の度合いは変わってくるでしょう。今後はその点をきっちりと区分した上で研究が行われることが必要だと思います。