「対等な関係」で相手を受け入れる姿勢が大切
経営者タイプと職種タイプがぴったりマッチしている場合には、後継者に自らの思いや理念が伝わりやすいため、納得のいく形で事業を引き継ぐことができるはずです。しかし現実には、そのふたつが完全に合う相手はなかなかいません。むしろ違って当たり前であると考えておく必要があります。
どうやってその違いを埋めるかといえば、やはりコミュニケーションしかありません。経営者であれば、性格や考え方の異なるビジネスパートナーとも、ここまでいい関係性を築いてきたはずです。なぜそれができたかといえば、自分の立場を上であるとは思わず、あくまで対等な関係として、相手の気持ちになってものごとを考えたり、言い分を理解しようとしたりしたからではないでしょうか。
後継者も同じで、息子でも部下でもなく、対等な人間として相手を受け入れようという姿勢を持つことが大切です。経営者タイプも職種タイプもまったく異なり、どうしても相手の考え方が理解できないこともあるかもしれません。
まったくタイプの違う後継者に事業を継承する場合には、以前の連載で紹介した「ベンチャー型」「戦略型」という継承方法が最適です。両方とも、理念や経営方針を刷新し、新たな会社として生まれ変わるような手法ですが、そんな中でも、どうしても変えたくないもの、残したい思いがある人もいるでしょう。
タイプの異なる相手に、あまり多くを望んでしまうとうまくいきませんが、ひとつかふたつ、どうしても譲れない部分をきちんと伝えるのは、継承後の自らのストレスをなくすためにも重要なことであるといえます。
伝えたい思いや理念は「明文化」して後継者へ
自分がもっとも大切にしてきた思いや理念を伝える引き継ぎのポイントは、マニュアルの中の「明文化」です。
日本人は、「空気を読む」「言わなくてもわかる」を美徳と捉えている節があります。特に職人の世界ではいまだに「技は目で盗むもの」として、弟子にまったく指導を行わないような風潮が残っています。
しかし事業継承においては、それらの発想は大きなマイナスになります。もし現在、後継者に対して「言わなくても伝わっているだろう」と思うことがあるとすれば、実際は言いたいことの1割も伝わっていないと考えてください。経営者が自らの思いや理念をあいまいにしたまま事業継承を行った結果、「こんなはずではなかった」と憤り、後継者や会社との関係が悪化するケースを、筆者は数多く見てきました。
どうしても伝えておきたい思いや理念は、明文化して後継者に渡し、それに対する理解、合意を得ておくというのが、非常に重要なポイントとなります。もしそれが業務に直接関連することであれば「今後○○年の間は、Aという手法を変えないこと」というように具体的に約束を取り交わし、それを書面として残しておきます。
「そこまでする必要があるか」と思う人もいるかもしれませんが、相手が自分と異なるタイプである以上、いくら口約束を交わしても、相手の受け取り方が自分の意図と違えば、解釈も変わってきます。だからこそ第三者にもわかるほど明確な形であらわして、合意しておく必要があるのです。
明文化の作業とは、自らの思いや理念を正確に伝え、事業継承をスムーズに進めるための「潤滑油」のような存在であるといえます。