事業継承の1番の目的は「従業員の生活を守る」こと
中小企業庁の調査によれば、後継者の不在を第一の理由とする廃業が全国で年間約7万社あるとされ、その廃業に伴う失業者の数は年間20万~35万人にものぼると推定されています。
本当に後継者がまったくおらず、M&Aも成立しないとなれば、確かに廃業もやむを得ないかもしれませんが、この数字から筆者が感じるのは、そもそも後継者をきちんと探さないまま身体的にリミットを迎えてしまった経営者が多いのではないかということです。7万社という数字の中には、おそらく後継者の検討を含めた何の準備もしないままに経営者が急死して、親族が廃業の選択をしたケースもいくつも存在するはずです。
ここで改めて、なぜ事業継承をする必要があるのか、胸に手を当てて考えてほしいと思います。
自分が人生をかけてきた会社を後世に残したい。
自らの思いを後継者に継いでほしい。
わが子によりよい形で事業を継がせてあげたい・・・。
もしこのようなことが真っ先に頭に浮かんできたとしたなら、残念ながら経営者としては落第点です。確かに、そのような思いがあることは理解できます。しかしそれが、一番であってはならないのです。事業継承を行うもっとも大きな理由は、従業員の生活を守るためです。
当たり前のことですが、会社というのは、従業員によって成り立っています。日本人は昔からそれをよく理解し、年功序列、終身雇用という「家族型経営」を行ってきました。その良し悪しについての議論はここでは控えますが、いずれにせよ従業員を守ることは、あらゆる経営者の責務であり、義務なのです。
そう考えれば、企業を永続的に発展させていくこともまた従業員に対する経営者の義務として捉えることができ、事業継承の失敗で廃業に追い込まれるようなことは、経営者として起こしてはならない事態です。また、後継者と他の相続人との経営権争いや相続争いが起き、会社を倒産させてしまうようなこともあってはいけません。
事業継承はできるだけ短期間で行う
事業継承の準備をしなかったり、継承にあたってお家騒動を繰り広げたりすれば、それが必ず会社の経営に悪影響を及ぼします。これらのリスクは、従業員にもまた降りかかるものです。もし事業継承を軽く見ていたり、忙しいからと手抜きをしたりするなら、それは経営者としての責任を放棄する行為に他なりません。なぜなら、社員がリスクにさらされた状態を放置していることになるからです。
中小企業においては、同じ会社にずっと勤務し、ひとつの業務だけを行ってきたような職人タイプの人材が多くいます。そういった人材の多くは、職場がなくなるとつぶしがきかず、すぐに就職することなどかないません。経営者が自分の会社に人生をささげているのと同じように、彼らもまたひとつの会社に人生をささげているのです。中小企業の経営者の道をゆくなら、従業員の人生を背負って道を歩むことになります。
社会的に考えても、会社がひとつ継承されて残ることは、従業員や取引先の雇用が継続されて多くの人の生活が守られるため、大きな意義があります。
事業継承を行っている期間というのは、会社の業績は間違いなく停滞します。社員の生活が脅かされるような期間はできるだけ短くするべきなので、事業継承はできるだけ短期間で行うにこしたことはありません。こうした本質的な部分を肝に銘じることで、本連載のマニュアルははじめて有効に機能します。