うつ病や発達障害…「脳や心の病気」の発症要因が分かってきた。知られざる「腸、脳の相関」【医師が解説】

マイクロバイオータと腸、脳の相関関係

うつ病や発達障害…「脳や心の病気」の発症要因が分かってきた。知られざる「腸、脳の相関」【医師が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

花粉症や喘息、アトピーなどのアレルギー性疾患、肥満症やそれに伴う糖尿病、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患、うつ病、自閉症、過敏性腸症候群…これらは、21世紀になってから急激に増加している病気です。急増している原因はいくつか考えられますが、中でもマイクロバイオータ(ここでは腸内細菌叢〔腸内フローラ〕を指します)との関連性が注目されています。今回は、これまで「脳の病気」あるいは「心や精神の病気」であると考えられてきた疾患が、腸内環境やマイクロバイオータの影響をどれほど受けているかという観点からお話をしていきたいと思います。※本連載は、小西統合医療内科院長・小西康弘医師による書下ろしです。

マイクロバイオータと脳は、相互に情報伝達している

大脳生理学の発展に伴って、私たちの感情や情緒、思考などは脳内ホルモンの影響を受けることが分かってきました。脳内にアドレナリンやドーパミンが分泌されるとやる気が起こったり、集中力が高まったりします。セロトニンという脳内ホルモンは情緒を安定させるため「幸せホルモン」とも言われます。そして、脳内のセロトニンレベルが下がることがうつ病の原因であると考えられています(セロトニン仮説)。

 

現在の抗うつ剤はこの仮説を基に脳内のセロトニンレベルを上げることを目的として開発されています。ここまでは、大脳生理学の教科書にも記載されています。

 

しかし、脳内で分泌される神経伝達物質のほとんどは腸管内でも分泌されていることを知っている人は少ないかもしれません。そしてこれらの神経伝達物質は腸管のぜん動運動や消化吸収機能を、脳の力を借りずに調節しています。最初に述べた「ウェブ的な人体観」を思い出していただくといいでしょう。

 

脳内で欠乏すると抑うつ症状を起こすセロトニンですが、身体の中では80%が腸内で作られています。脳内で作られるセロトニンはわずか2%にすぎないのです。そして、これまでは脳内のセロトニンレベルは、腸管のセロトニンレベルとはまったく無関係だと考えられてきました。

 

■マイクロバイオータや腸内環境が「脳内ホルモンのレベル」に影響

しかし、その後の研究から腸管内のセロトニンと脳内のセロトニンとは密接に関係していることが分かってきました。

 

腸管内のセロトニンが迷走神経を持続的に刺激することによって、脳内のセロトニンレベルに影響を与えているのです。

 

迷走神経とは血液脳関門を迂回して、腸と脳を直接繋いでいる神経です。マイクロバイオータはいわば天然の迷走神経刺激装置であり、迷走神経の活性と気分を押し上げるような信号を送り、脳内活動に影響を与えます。

 

また、迷走神経を介さずに、腸内環境が脳にも直接影響を与えることが分かってきています。セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸で、食事に含まれるタンパク質が腸管内で分解されてできます。腸管で吸収されたトリプトファンは、血液脳関門を通過することができるので、脳内に運ばれセロトニンになります。そして、腸管内のトリプトファンのレベルが、マイクロバイオータの影響を受けることが分かってきました。つまり、マイクロバイオータはトリプトファンのレベルに影響を与えることで、脳内のセロトニンレベルに間接的に関係しているということです。

 

腸内環境が乱れると、腸管の免疫系が過剰反応を示しトリプトファンを分解するので、腸管内のトリプトファンのレベルが下がります。ここに有益な腸内細菌を加えることで、トリプトファンのレベルが回復することがフランスの臨床試験で確認されています。これは、加えられた善玉菌がトリプトファンを直接作ったのではなく、過剰になった免疫のバランスを整えることでトリプトファンの分解を抑制したためであることが分かっています。

 

いずれにしても、腸管はこれまで考えられていた以上に、脳にさまざまな情報を伝えています。腸管は脳からの指令を受けるだけではなくて、脳に話しかけているのです。

 

マイクロバイオータが腸管免疫を介して脳内ホルモンの原料となるアミノ酸の産生レベルを調節することで、脳内ホルモンのレベルに影響を与えているということです(マイクロバイオータと免疫系については、【関連記事:花粉症などが急増…「免疫系の病気になる人、ならない人」の“意外な差”が分かってきた】を参照)。

 

■「心や脳の病気」は「マイクロバイオータと腸、脳との情報伝達」が原因

うつ病は長い間、精神的ストレスが原因で起こる「心や脳の病気」であると考えられてきました。19世紀の心理学者、精神科医のフロイトは、心の病は幼少期のトラウマが原因であると説明しました。20世紀になり、大脳生理学が発展すると、心の病は脳内のホルモンレベルのバランスが崩れることが原因であることが分かってきました。そして、21世紀になって、心や脳の病気がマイクロバイオータや腸内環境の影響を受けているということが解明されてきたのです。

 

精神的なストレスが原因で起こるとされる過敏性腸症候群の病態においても、マクロバイオータの乱れや腸内環境の異常により、腸から脳への信号伝達に異常が生じて起こっていることが分かってきました。

 

消化管内腔の粘膜細胞に刺激が加わると、この信号は迷走神経を介して脳へ伝えられます。これは「内臓知覚」と言われ、その情報伝達にはセロトニンが関与しています。腸から脳へ間違ったメッセージが伝えられることが過敏性腸症候群の原因であるということが分かってきました。

 

過敏性腸症候群の下痢型の治療薬として、このセロトニンの活動性を抑える薬が有効であることが証明され、臨床応用されています。

 

このように、マイクロバイオータ、腸内環境、脳は相互に密接に関連しており「マイクロバイオータ-腸-脳軸」と言われます(*文献4)。

 

<*文献>

4  K. Socala, U. Doboszewska, A. Szopa, A. Serefko, M. Wlodarczyk, A. Zielinska, et al. “The role of microbiota-gut-brain axis in neuropsychiatric and neurological disorders”, Pharmacol Res 2021 Vol. 172 Pages 105840

 

今回例にあげた自閉症スペクトラム、うつ病、過敏性腸症候群に限らず、注意欠陥多動性障害、強迫性障害、双極性障害、統合失調症はどれも腸管免疫の過剰反応により、マイクロバイオータと腸、脳との情報伝達がうまくいかなくなったことが大きな発症要因になっていることが分かってきました。単純に心や脳だけが原因で起こっているのではないのです。

 

「遺伝的な疾患は遺伝子の異常が原因で起こる」とか、「心の病気は過去のトラウマが原因で起こる」「脳の病気は脳内ホルモンの異常で起こる」といった、身体や脳や心がまったく別々に存在するかのような認識は、専門分化しすぎた現代医学の弊害と言えるかもしれません。

 

しかし、それは「身体は巨大なネットワークである」という新しいパラダイムに基づいた治療法ではないということは分かっていただけると思います。これからはもっと大きな視野に立った治療法が望まれます。

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