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「心不全」とは、心臓の働きが悪くなった状態
■心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液や酸素を送れなくなる
心不全とは、心機能が低下した状態の病気です。
日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドラインが定義するところでは、「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」となっています。
器質的異常というのは、実際に心臓のどこかに具体的な症状が見て取れる、ということです。一方、機能的というのはそうした目で確認できる症状はないものの、明らかに機能異常が生じていることです。こうした異常によって運動耐容能が低下する、つまり心臓の働きが悪くなることを心不全というわけです。
■なぜ、心臓の働きが悪くなるのか?
心不全になる原因はさまざまですが、一般的には心筋梗塞や心臓弁膜症、心筋炎など心臓の病気が原因となったり、高血圧に由来して起こったりするケースが目立ちます。そうした疾患は心臓の負担を増大させ心筋を硬くし、膨らんだりしぼんだりする力を弱らせます。
そもそも心臓は収縮と拡張を繰り返し、全身の血液を循環させています。灯油用のポンプなどをイメージしてみると分かりやすいかと思いますが、心臓の収縮機能とはポンプをぎゅっと絞った状態で、これによって全身に血管を通じて血液を送り出しているわけです。一方、心臓の拡張機能とは絞ったポンプを膨らませる状態で、これによって全身から今度は血液を心臓へ引き戻しているわけです。
このような動きを毎日ずっと繰り返している心臓は、ちょうどゴム風船のようなもので、柔らかく柔軟性のあるゴム風船なら簡単に膨らませたり、しぼませたりすることができますが、硬い風船では膨らませたり、しぼませたりするのは困難になってしまいます。
心臓が硬くなって伸縮する力が弱くなってしまうと、全身に十分な血液や酸素を送れなくなってしまいます。この状態のことを、「心不全」と呼んでいます。
心臓は、血液を全身に送り出したり、全身から集められた血液を肺に送り出したりする臓器です。血液には新鮮な酸素が含まれており、これをすみずみの細胞にまで届けることで、人間は生命活動を維持しています。
心臓の“ポンプ機能”の仕組み
心臓のポンプ機能が低下するとどうなるか――心臓の働きが弱くなっても、全身へ血液を送り出さなければ、人間は生きていくことができません。そのため、心臓は無理をしてでも血液を送り出そうとします。
当然ながら、心臓の筋肉(心筋)には大きな負担が掛かります。最初のうちは、心臓は心筋を分厚くしたり、心臓を大きくすることで押し出す力を強くしたり、押し出す量を増やしたりしようとしますが、やがてそれでは対応できなくなってきます。その結果心臓全体が硬くなり、ますます心不全が悪化してしまいます。
心臓は、心筋という筋肉でできています。握りこぶしより少し大きく、重さは成人で250〜300gです。胸のほぼ中央にあり、卵のような形をしています。
心臓の内部は、4つの小部屋に分かれており、簡単にいうと、左心室と右心室は「血液を送り出す」役割、左心房と右心房は「血液をためておく」役割を果たしています。そして、各心房と心室の間には、血液の逆流を防ぐための弁があります。
体全体を巡って二酸化炭素をたくさん回収してきた血液は、上・下の大静脈を通って心臓に戻ってきます。その血液はまず右心房へ、それから右心室へ入り、肺動脈を通って肺に送られます。肺胞で二酸化炭素と酸素とが交換されると、血液は再び新鮮な酸素をたくさん含みます。こうしてガス交換が済んだ血液は、肺から肺静脈を通って左心房へ、そして左心室へ入ります(図表1)。
このような血液の循環をスムーズにしているのが、心臓のポンプ機能です。つまり、心筋が規則的に収縮と拡張を繰り返すことでポンプが動き、血液が全身に送られるのです。この動きを「拍動」といいます。
通常、人間の心臓は毎日10万回、収縮と拡張を繰り返しており、平常時なら1回の拍動で約70ミリリットルの血液を押し出します。計算すると、1分間に5リットルとなり、1日あたり約7トンもの血液を全身に送り出していることになります。
「高血圧」は、心不全を引き起こす“サイレントキラー”
心肥大と心不全の関係は非常に深く、心不全の治療において心肥大は要注意な状態です。
特に著しく肥大を起こす病気に高血圧症、肥大型心筋症、大動脈弁狭窄症などがありますが、とりわけ気を付けたいのが高血圧症です。
そもそも血圧とは、動脈の内側の壁に掛かる圧力のことをいいます。心臓から血液が送り出された瞬間、大動脈の壁は血液の勢いでグッと押し広げられます。そして、次に送り出す血液を心臓が溜めている間に、拡大した大動脈は元どおりになります。このように、動脈が血液によって内側から押される圧力を「血圧」と呼びます。
血圧には「最高血圧」と「最低血圧」がありますが、最高血圧とは心臓が収縮し心臓から送り出された血液によって動脈壁がいちばん膨らんだときの圧力で、最低血圧とは心臓が次の血液を溜めるために拡張し、動脈壁が元に戻ったときの圧力をいいます(図表2)。
「高血圧に気を付けましょう」「高血圧にならないように、しょっぱいものは控えましょう」という言葉をよく耳にします。なぜそれだけ口すっぱく注意喚起が行われるのかといえば、高血圧はさまざまな病気を引き起こすからです。
高血圧の状態が続けば、血管は常に血流による激しい圧力にさらされます。庭の水やりなどで使うゴムホースも、毎日高い圧力で水を流し続ければ次第にゴムが劣化し、やがてボロボロになってしまうかもしれません。それと同じく高い圧力で血液が流れ続ければ、いずれ血管の壁は傷つき劣化してしまうのです。
初めは血管を分厚くすることでなんとか圧力を凌ごうとしますが、やがてそれだけではカバーしきれなくなって、血管は硬くなり弾力性を失います。柔軟性のないガチガチの血管では血液はスムーズに流れなくなりますから、当然心臓に負担が掛かります。
その結果、心臓の筋肉が肥大して拡張能力が低下するとともに、筋肉に酸素が十分に行き渡らず、徐々に収縮が弱くなり、心不全の状態が起こります。また脳では脳出血や脳梗塞が発生しやすくなるなど、命の危険が心臓だけではなく、全身のあちこちで起こります。
■自覚症状がない…高血圧は、気づかぬうちに忍び寄る「死のサイン」
高血圧は決して珍しい病気ではありません。厚生労働省が2019年に行った「国民健康・栄養調査」によれば、日本では成人男性の3人に1人、成人女性の4人に1人が該当するとされています。
しかも50代以上の男性で見れば、半数以上が高血圧です。すでに高血圧は国民病といっても過言ではなく、いわば、多くの人が爆弾を抱えている状態なのです。
高血圧の怖いところは、なんといっても自覚症状がないことです。
血圧がとても高いときには頭痛やめまい、肩こりなどが現れますが、これらの症状は高血圧に限らず普段でもよく起こります。そのため、非常に血圧が高くなっているにもかかわらずその兆候を見逃してしまい、気づいたら心臓や脳にダメージが加わっていたということは珍しくありません。時には致命的な状態になるまで高血圧に気づかなかった、ということもあります。
そのため、高血圧には「サイレントキラー」という恐ろしい別名が付いています。まさに高血圧は、気づかぬうちに忍び寄る「死のサイン」なのです。
大堀 克己
社会医療法人北海道循環器病院 理事長