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地域経済を活性化する多くの試み
ここまで、福岡県中小企業家同友会による田川市の中小企業振興基本条例制定とその後の動きを見てきた。では、条例制定で先行した他の市町村ではどうなっているだろうか。
北海道別海町。知床半島の南側付け根に位置し、東京都23区と多摩地区主要部を合わせたと同じ広大な面積を持つこの町は、人口1万5000人弱に対し、約11万頭の乳牛が飼育されている酪農王国である。大手乳業メーカー4社の工場が立地し、自衛隊の駐屯地もあることから、急激な人口減に見舞われている北海道内の他市町村とはやや趣を異にしている。同友会活動も活発で、町内の法人のおよそ3割が会員で、その比率は全国の市町村ではトップクラスである。
その別海町で中小企業振興基本条例が施行されたのは2009年4月のこと。全国の町村レベルでは初だった。山口寿北海道中小企業家同友会くしろ支部別海地区前会長によると、条例制定の経緯は以下のようなことになる。
「当時、別海に地区会がなく、われわれは町のことを論議する機会がなかった。で、地区会をつくろうということになり、07年4月に南しれとこ支部別海地区会が結成されることになった。結成時40人の会員でしたが、今は90人近くに増えています。ちょうどそのころ、帯広市で条例が施行されたので、我々も関心を持ち勉強していたところ、たまたま新しい町長が就任したものですから、中小企業振興基本条例の制定を働きかけたのです」
町長はアグレッシブな人で即座に町役場の産業振興部に検討を命じたのだが、寝耳に水のことで現場はかなり混乱したようだ。山口氏らは商工会とも連携を取り、「別海町中小企業振興基本条例成文化会議」を行政も巻き込んで発足させ、09年4月には制定へとこぎつける。ちなみに山口氏は食料品や事務機器の販売を手掛けて、年商4億円余という富田屋を経営している。
別海町の条例で特筆すべきは、地域の医療問題への対応である。条例第8条では「中小企業者等の努力」項目として「暮らしやすい地域社会の実現に貢献」が謳われているが、当時、町民が頼りにしている町立病院の小児科医が不在になる寸前という危機的事態に陥った。小さな子供を持つ親たちは、これでは安心して暮らせないと町を離れる可能性がある。
中小企業家同友会では医師や病院スタッフと町民との交流を深める事業を柱とする別海町医療サポート隊「医良同友」(会長には当時の南しれとこ支部別海地区会長の寺井範夫氏が就任)を発足させる。同友会会員だけでなく地元民と、医師や病院スタッフとが交流を深めることで、地域に愛着を持ってもらい、根付いてもらおうというのが狙いだ。成果は着実に実っているという。
その後も別海地区会は様々に地域と連携する試みを続けており、山口氏によれば「町唯一の高校である別海高校の生徒を広い世界を見てきてほしいとの考えから、京都大学や釧路公立大学へのプチ留学に送り出しています」。ほとんどの卒業生が卒業後、東京や札幌に出ていくが、その前に見聞を広め、都会の大学に進学しても、いつか別海に戻ってきてほしいとの思いを込めての取り組みだ。
現地区会長の西原浩氏(アークスファーム代表取締役)は「中小企業支援などの面では、条例施行時に掲げた目標にはまだ遠いが、(地域支援など)いくつかの点では着実に前進しています」と語る。