日本ではかつて、文化を軽視するあまり、重要な建物などの多くの文化財を失ってしまった過去があります。それらを教訓とし、「文化財保護」の考えは広まりましたが、現代において、新しい建物を建てるために、古い建物を壊していることは少なくありません。本記事では、歴史的建築物の再生・活用を中心に活躍する一級建築士の鈴木勇人氏が、日本で「文化財」を保護する動きが広まった背景について解説していきます。

明治初期「廃仏毀釈」で失われてしまったもの

それまで育んできた文化を軽視することによって重要な建築物を一気にかつ大量に失うという悲劇を日本人はかつて経験しています。明治初期に全国的に起きた「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」です。建築物の「人為的な破壊」という点では大きな事件だったといえます。

 

新時代を迎えた維新政府は平安期より続いていた神仏習合という文化を否定し、両者を引き離す政策を取りました。それをきっかけに全国で寺院や仏像、仏具などに対する凄まじいまでの破壊活動が起きたことは歴史の授業で習ったと思います。

 

廃仏毀釈に関するエピソードでよく知られているのが奈良の興福寺にある五重塔です。奈良に観光で訪れた人なら、まず誰もが立ち寄るであろう名所ですが、その五重塔は天平2(730)年に初代が建てられました。その後は何度か焼失の憂き目に遭い、そのたびに再建されてきました。

 

現在、私たちが目にすることのできる塔は応永33(1426)年に再建されたものです。およそ700年の歴史があるわけですが、明治の廃仏毀釈の際には「焚き木にするために売りに出された」という話が伝わっています。

 

焚き木というのは比喩でも何でもなく、本当に五重塔を解体して焚き木にしようとした人物がいたという話です。歴史のある建築物に文化を感じる心がなければ、興福寺の五重塔も、単なる「木切れの集まり」としか映らないのです。

 

ちなみに売りに出された値段は一説には10円だったとも25円だったともいわれていますが、今の価値に換算すると10万円から50万円程度です。また、興福寺には貴重な経典が数多く保存されていましたが、廃仏毀釈の時期には商店で包装紙代わりに使われていたという話も伝わっています。

 

この廃仏毀釈ではほかにも、平安期から続いていた格式の高い寺院が多数の坊舎・堂宇とともに破壊され、あとには池だけが残ったということも起きています。また、とある離島では島内にあったすべての寺院が打ち壊されました。こうした例は全国に無数といってもいいほどにあります。

 

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