診療報酬本体の改定の評価と今後の展望
「玉虫色」となった診療報酬本体の改定率
まず、診療報酬本体の改定率を巡る攻防を考えると、今回の改定水準は政治的に「玉虫色」という見方が示されている。確かに財務省は0.3%程度の改定率を望んでいたため、0.43%増という本体のプラス改定率に関しては、財務省が譲歩したかのように見える。
さらに、横倉氏が会長として改定に当たった2014年度以降、4回の改定率の平均が0.42%だったため、これを僅かに上回ったことで、日医の面子を保てる水準に収まったと言える。
しかし、日医、自民党が要望していたとされる0.50%に届かなかった上、0.43%の本体改定率は「首相案件」とされていた不妊治療の保険適用と看護職員の給与引き上げの影響である0.4%を含んだ数字であり、実質的なプラス幅は小さい。
さらに、初診料の減少に繋がる可能性を伴うため、日医として反対してきたリフィル処方箋が導入される点も踏まえると、むしろ政治的には日医が押し切られたという見方も可能である。
こうした背景には、新型コロナウイルス対応などを巡って、日医を含めて民間医療機関に対する風当たりが強くなっていることも影響している可能性がある。さらに、過去の診療報酬改定に関わったプレイヤーが交代したことで、横倉氏が会長時代に誇った政府・自民党とのパイプが一種の目詰まりを起こした点は否めず、各種報道を見ると、決着の場面では第一線を退いた伊吹氏や横倉氏が要路に働き掛ける一幕もあったようだ。
今後、導入が決まったリフィル処方箋を含めて、診療報酬改定の詳細については、中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)で2022年3月末までに決定される予定だが、医療現場への影響に加えて、こうした決着が今年に予定されている日医会長選、あるいは夏の参院選にどう影響を及ぼすのか、その動向を注視する必要がある。
医療提供体制改革を加速させる「言質」?
さらに、診療報酬改定を最終決定する閣僚折衝に際して、財務、厚生労働両相の間で「診療報酬における医療提供体制の整備等」と題する文書が交わされている点も見逃せない。ここでは、「良質な医療を効率的に提供する体制の整備等の観点」に立ち、[図表5]のような内容で医療提供体制改革に取り組む方針が示されている。
具体的には、急性期病床(いわゆる看護配置7:1基準の病床)の適正化とか、急性期から回復期への移行など外来機能分化、かかりつけ医機能の強化、多店舗を有する薬局の評価適正化といった方針であり、ここでは全てを一つ一つ取り上げないが、いずれも医療提供体制改革を目指す「地域医療構想」を含めて、以前から懸案になっているテーマである。
こうした改革項目が改めて列挙されたのは「医療提供体制改革なくして診療報酬改定なし」とする財務省のスタンスが反映された結果であり、中医協における医療提供体制改革の見直し議論に関して、財務省が厚生労働省から「言質」を取ったと解釈することも可能であり、今後の議論が注目される。
今後の医療制度改正の展望
しかし、診療報酬の細かい調整に際しては、中医協で毎回、日医と健康保険組合連合会が攻防を繰り広げるのが通例であり、財務省が期待するような制度改正が一気に進む保証はない。
むしろ、中医協では、現場や医療機関・薬局の経営、国民の生活に対する影響も考慮しつつ、漸増主義的に合意形成を積み上げるアプローチが採用されるため、個々の制度改正は小さくなる可能性がある。このため、3~5年程度のスパンで制度改正のスケジュールと方向性を確認する必要もある。
そこで、医療・介護で予定されている制度改正を展望すると、[図表6]の通り、2024年度というタイミングを意識せざるを得ない。具体的には、2年に一度の診療報酬改定に加え、都道府県が6年周期で策定する医療計画の改定のタイミングと重なる。
特に、医療計画の改定に関しては、2021年の通常国会の医療法改正を経て、新興感染症対策が医療計画に位置付けられることが決まっており、各都道府県は急性期病床の削減とか、医療機関同士の連携強化などを目的とする地域医療構想を進めつつ、新興感染症対策を進める必要に迫られる。
さらに、地域医療構想に関しては、公立・公的医療機関の再編論議が再燃する可能性が想定される。この問題では、厚生労働省が2019年9月、「再編・統合に向けた議論が必要な公立・公的医療機関」を名指ししたことで、首長や住民が反発。さらに、2020年前半から新型コロナウイルスの感染が拡大した影響で、見直し議論がストップしている。
しかし、厚生労働省は2021年12月に開催された「地域医療確保に関する国と地方の協議の場」で、2024年に予定されている医療計画の改定に向けて、2022年度あるいは2023年度で、公立・公的医療機関の見直しに向けて結論を出すように要請しており、各都道府県で議論が進む可能性がある。
その際には、多くの公立・公的医療機関が新型コロナウイルスの患者を受け入れている実態とか、総務省が2021年度中に作成する方向で検討を進めている新たな公立病院改革ガイドラインの内容※といった情勢変化を踏まえる必要がある。
※ 現在、有識者などで構成する総務省の「持続可能な地域医療提供体制を確保するための公立病院経営強化に関する検討会」で議論が進んでいる。
このほか、医療機関で働く医師の超過勤務を制限する「医師の働き方改革」も2024年4月に本格施行されることが決まっており、各医療機関は「医師労働時間短縮計画」の策定などが求められるほか、実質的な実施主体である都道府県も準備態勢の整備を急ぐ必要がある。
こうした制度改正の内容といったタイミングを踏まえると、2024年度は医療行政にとって大きな節目となり、一部は2022年から議論が始まりそうだ。
今後の介護制度改正の展望
介護保険に関しても、同じく2024年度が一つの焦点となる。3年サイクルで実施される介護保険制度改定や介護報酬の改定のほか、市町村による介護保険事業計画の改定も控えており、一部については2022年から見直し論議が始まる可能性がある。
まず、岸田首相が重視する介護職の給与引き上げに対応するため、臨時の報酬改定が10月に実施される予定となっている。この問題では既述した通り、2021年度補正予算が編成された時点では、2~9月の給与引き上げに必要な経費が確保されたものの、10月以降の対応は先送りされていた。
その後、看護職に関しては、診療報酬改定に経費の手当がなされたが、介護職に関しては10月に臨時の介護報酬改定を実施することになっており、社会保障審議会介護給付費分科会で具体的な議論が始まった。
さらに、3年に一度の介護保険制度改正と介護報酬改定に際しては通常、「社会保障審議会介護保険部会が制度改正の2年前に意見書を提出→制度改正の前年に国会が法改正→並行する形で、前年に介護給付費分科会が報酬改定を議論→厚生労働省が制度改正と介護報酬を同時に実施、市町村が介護保険事業計画を改定」という流れになることが多い。
このため、一部の議論は2022年から始まる可能性があり、介護職の給与改善問題に加えて、財務省が重視する軽度者向け給付の見直しとか、ケアマネジメント費(居宅介護支援費)の有料化などが争点化する展開も予想される。
コロナの影響、政治日程との兼ね合い
一方、負担増や給付抑制などの見直し策が展開されるかどうか、新型コロナウイルスの感染状況の収束度合いが影響する可能性がある。新型コロナウイルス対応では医療・介護現場に負荷が掛かっており、感染拡大が収束しないと、現場への影響を及ぼす制度改正は難しい面がある。
さらに国民に負担を強いる改革を議論する上では、政治日程を踏まえる必要もある。そこで、政治日程を簡単に俯瞰すると、今年は参院選を控えており、負担増や給付抑制に繋がるような議論は難しい状況である。実際、本稿で触れた通り、後期高齢者の患者負担引き上げとか、雇用保険料の引き上げは全て参院選後に先送りされている。
ただ、参院選が終わると、[図表6]の通り、2023年に予定されている統一地方選を除けば、2022年~2024年は大規模な国政選挙が実施されない「空白」が生まれる。このため、参院選の結果次第の側面はあるにしても、結論が先送りされている制度改正の是非が争点として浮上する展開も考えられる。
財政再建目標との関係
このほか、政府が掲げる財政再建目標との関係も問われる。
政府は中長期的な経済財政運営の目標として、借金に頼らずに政策経費を賄えるようにする基礎的財政収支(プライマリー・バランス、PB)を国・地方で2025年度に黒字化させる方針を掲げており、2021年6月の骨太方針ではPB黒字化の政府目標について、「本年度内に、感染症の経済財政への影響の検証を行い、その検証結果を踏まえ、目標年度を再確認する」という考えを盛り込んでいる。
このため、2022年3月末までに目標年度の「再確認」作業が進む見通しだが、既に述べた通り、新型コロナウイルス対応で財政事情が悪化しており、目標が堅持されるか微妙な情勢だ。
実際、岸田首相は昨年11月のインタビューで、「必要な検証を行っていく」と述べるにとどまっている。こうした財政政策の議論も今後、医療・介護制度の影響を及ぼす可能性がある。
おわりに…負担と給付の見直し論議を
全世代型社会保障の実現に向けては、どんな働き方をしても安心できる勤労者皆保険の実現や、効率的で、質が高く、持続可能な医療提供体制の実現など、課題は山積しています――。2021年11月に発足した全世代型社会保障構築会議の席上、岸田首相はこのように述べた※。
※ 2021年11月9日に開催された第1回全世代型社会保障構築会議・第1回公的価格評価検討委員会合同会議における発言。
確かに本稿で述べた通り、過去最大に膨らんだ歳出規模や積み上がる一方の債務残高、社会保障費の増加などを踏まえると、財源確保策の検討に加えて、医療提供体制の効率化など給付の見直し論議も欠かせない。
一方、新型コロナウイルスは非正規雇用者の雇い止めとか、所得格差、女性の貧困問題など社会の歪みを顕在化させた※面があり、少子化対策や子育て支援なども含めて、給付や支援を充実させなければならない分野も多い。
※ 非正規雇用と医療保険の関係としては、特例で部分的に認められた非正規雇用者の傷病手当金を取り上げた2020年5月13日拙稿「新型コロナ対策で傷病手当金が国保に広げられた意味を考える」を参照。
しかし、社会保障制度改革の議論は往々にして「給付は手厚く、負担は軽く」という議論に流れがちであり、制度改正を議論する上では、負担の問題も常に念頭に置く必要がある。社会保障の負担と給付をどう組み替えるか、見直し論議が求められる。
三原 岳
ニッセイ基礎研究所
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