社会保障関係予算の概況
社会保障関係費については、2019年度から2021年度までの3年間で、高齢化の伸びの範囲内にとどめることが「目安」とされ、近年の予算編成では増加幅を概ね5,000億円以下に抑える努力が講じられてきた※。
※ 過去の予算編成の論点については、2021年1月27日拙稿「2021年度の社会保障予算を分析する」、2020年1月10日拙稿「2020年度の社会保障予算を分析する」、2019年1月9日拙稿「2019年度の社会保障予算を分析する」をそれぞれ参照。
その後、2021年6月に閣議決定された「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)では、この「目安」を2022~2024年度も維持する方針が盛り込まれており、これに沿って2022年度予算における社会保障関係予算の増加幅は4,393億円になった。
具体的には、自然増として6,600億円程度(年金スライド分を除く)が予想されていたが、後述する診療報酬改定による薬価の削減とか、後期高齢者医療の患者負担引き上げなどを通じて、計2,000億円程度を圧縮した。
その一方、引き上げた消費税財源を用いた社会保障の充実分として、医療機関のデジタル化推進などに充てる「医療情報化基金」など、約1,200億円の増加要因があった。
では、このように社会保障関係費の増加幅を「目安」の範囲内に抑制した中で、各分野の予算はどうなったのだろうか。以下、「新型コロナウイルスへの対応」「診療報酬改定」「後期高齢者の患者負担増」「雇用保険料の引き上げ」の4点について順次、考察する。
社会保障関係予算の概要…新型コロナウイルスへの対応
財務省や厚生労働省の発表資料を見ると、新型コロナウイルス対策は「16カ月予算」として2021年度補正予算と2022年度当初予算案に分かれて計上されており、その大半は2021年度補正予算に盛り込まれている。
具体的には、主に都道府県を介して医療機関を支援する「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」として、2兆314億円が2021年度補正予算で確保されているほか、ワクチン接種体制の確保としても、補正予算に1兆3,879億円が盛り込まれている。
このほか、逼迫が懸念されている保健所の機能強化として、補正予算に43億円、当初予算案に約6億円が計上されており、職を離れている「潜在保健師」などの派遣の仕組みである「IHEAT(Infectious disease Health Emergency Assistance Team)」の整備や登録者に対する研修を支援する「地域健康危機管理体制推進事業」(約4億円)などの予算が確保された。
社会保障関係予算の概要…診療報酬改定
診療報酬の改定率を巡る財務省と日医の対立
医療サービスの公定価格に当たる診療報酬は原則として2年ごとに改定されており、医療機関に対する診療報酬本体、薬の価格である薬価などに分かれる。21世紀に入った後の改定率の推移は[図表4]の通りであり、近年は薬価を含めた全体をマイナス基調、本体を微増とする改定が続いている。
つまり、薬価などを減らす一方、本体を引き上げる改定が続いており、その過程では例年、医療機関に対する診療報酬本体の改定率を巡って、厚生労働省、財務省、与党、日本医師会(日医)の間で攻防が交わされる。
今回についても様々な攻防があり、薬価を含めた全体の改定率は0.94%のマイナス、医療機関向けの本体は0.43%増となった。国費ベースの影響額としては、本体のプラス改定で292億円増える一方、薬価は1.35%のマイナス、材料価格は0.02%のマイナスとなり、それぞれ国費は1,553億円、17億円の抑制となった。
ここで、診療報酬の調整・決定過程を簡単に振り返ると、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は2021年12月3日に公表した建議(意見書)で、「医療提供体制改革なくして診療報酬改定なし」という方針を標榜した。
中でも、新型コロナウイルスへの対応で病床が逼迫した遠因として、
- 病院数・病床数の多さに比して医療従事者が少なく手薄な人的配置であり、医療資源が散在し、その投入量が少ない「低密度医療」となっている
- 医療機関相互の役割分担や連携が不足している
といった医療提供体制の構造的な課題を指摘した上で、「改革の進行を視野に入れることなく、診療報酬改定を行う意義は乏しく、財政資源の散財となりかねない」と診療報酬の抑制を強い態度で迫った。
経済財政諮問会議の民間議員も11月25日の会合で、「診療報酬本体のメリハリのある見直し」による国民負担の軽減を迫った。
これに対し、日医の中川俊男会長は12月7日、後藤茂之厚生労働相を訪問し、コロナ対応で医療機関が疲弊していると指摘した上で、「今回の診療報酬改定でしっかりとした手当ができなければ、ポストコロナの医療提供体制は維持できない」と語り、本体のプラス改定を要請した。
自民党の議員連盟である「国民医療を守る会(会長:加藤勝信前官房長官)」も同日に提言をまとめ、「有事の対応力を含めて平時の医療提供体制改革を整備することが、国民のすべての生命を疾病から守ることに直結」するとし、診療報酬の大幅改定とともに、かかりつけ医機能の強化や医療デジタル化の推進などを訴えた。
さらに、中川氏は12月15日の記者会見でも「新型コロナウイルス感染症禍で地域の医療提供体制の維持は極めて厳しい状況であり、医療現場は著しく疲弊している」と強調し、「絶対にプラス改定にしなければ全国の医療が壊れてしまう」と重ねて訴えた。
ここでの対立点を整理すると、下記のように言えるだろう。つまり、財務省が「医療提供体制改革の方向性が示されない限り、診療報酬の引き上げが困難」と主張したのに対し、日医と自民党は「診療報酬のプラス改定がなければ、地域医療が崩壊する」「平時の医療提供体制が維持されなければ、有事にも機能しない」と応じていたことになる。
2つの「首相案件」
しかも、今回の改定では新型コロナウイルスの影響だけでなく、いくつかの不確定要因が絡んだ。第1に、不妊治療の保険適用の問題である。これは菅義偉政権が発足当初から重視した案件であり、内閣の交代後も診療報酬改定の論点として残された。
第2に、2021年9月に発足した岸田文雄政権が看護職員の給与引き上げを重視したことも、診療報酬の増加要因となった。この関係では、岸田首相が自民党総裁選の公約で、「看護師、介護士、幼稚園教諭、保育士など、賃金が公的に決まるにも関わらず、仕事内容に比して報酬が十分でない皆様の収入を思いきって増やす」との方針を表明。
総裁選と総選挙を経て、2021年11月に決まった経済対策では、2022年2月から9月までの措置として、看護職員の給与を平均で月4,000円改善させる方針などが決まり、必要経費が2021年度補正予算で確保された。
しかし、10月以降の財源に関しては、結論が2022年度予算編成に先送りされたことで、引き上げ措置を恒久化する場合の財源確保が課題となった。
つまり、政治的にトップダウンで決まった「首相案件」が報酬改定の論点となり、いずれも診療報酬の引き上げ要因として働くと見られていた。このため、関係者の攻防は見掛け上の改定率だけでなく、「首相案件」に伴う増加分を除外した実質的な引き上げ率も焦点となった。
大きく様変わりしたメンバー
政策決定過程を見ると、政府・与党のメンバーと日医幹部が大幅に変わったことで、2年前の改定と様変わりしたことも影響した。前回までの改定では、日医の横倉義武会長が当時の安倍晋三首相や麻生太郎副総理兼財務相と個人的な関係を築いており、改定率が政治決着で図られることが多かったが、前回改定から2年で内閣が2度も交代した。
一方、日医会長も2020年6月の選挙で、横倉氏から中川氏に代わったことで、日医にとって有効に機能していた政府・自民党との強力なパイプが切れた。さらに、自民党内で医療行政に影響力を持っていた伊吹文明氏(元衆院議長、元労相)が2021年10月の総選挙を最後に引退したことも重なり、これまでの調整とは様変わりした。
こうした構図の下、本体の改定率は結局、0.43%増で決着した。内訳は「首相案件」だった看護職員の処遇改善が0.2%増、不妊治療の保険適用が0.2%増ずつ振り向けられた。
一方、医療機関に行かなくても一定期間で処方箋を繰り返し使える「リフィル処方箋」が導入されることで、0.1%減となったほか、新型コロナ対策の特例で導入されていた感染防止対策加算の廃止で0.1%減となり、診療報酬本体の改定率は差し引きで0.43%のプラスとなった。本体改定率の政治的な意味合いとか、今後の展望については、後述することにしたい。
社会保障関係予算の概要…後期高齢者医療制度の患者負担引き上げ
2022年度予算編成では、75歳以上の後期高齢者が医療機関の窓口で支払う患者負担について、所得の高い人は原則1割から2割に引き上げる時期が2022年10月と決まった。
この問題では、安倍首相が2019年12月の全世代型社会保障検討会議で、「75歳以上の高齢者であっても、一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、現役世代の負担上昇を抑えながら、全ての世代が安心できる制度を構築する」と述べたことに始まる。
しかし、与党サイドに反対意見が根強かったため、2019年12月の全世代型社会保障検討会議中間報告では、「後期高齢者であっても一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、それ以外の方については1割とする」という方向性が明記された一方、具体的な施行時期とか、2割負担の所得基準については、「検討を行う」と結論を先送りした。
その後、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療保険部会に議論の舞台が移ったが、日医が「原則2割となると、(筆者注:高齢者は)貯蓄とか、費用を節約しなければならない。このような話になると、政治問題になる」などと難色を示した。
結局、所得基準の線引きについては、2020年9月に発足した菅政権の下で決着が図られ、菅首相と公明党の山口那津男代表によるトップ会談を経て、「収入200万円以上」で決まった。
しかし、実施時期は参院選後に先送りされ、「2021年下半期」と決まっただけだった。その後、岸田政権に代わった2021年12月の閣僚折衝で、この実施時期が2022年10月と決まった。
なお、患者負担の増加を抑える経過措置として、1カ月当たり最大3,000円に収まるような措置が導入される予定だ。
社会保障関係予算の概要…雇用保険料の引き上げ
2022年度予算案の編成では、雇用保険料の取り扱いも焦点となり、2022年10月から半年間、失業手当などに充てる「失業等給付」の保険料率を0.6%に引き上げることが決まった。この措置は新型コロナウイルスの感染拡大で雇用調整助成金の支給が増大しているため、雇用保険の財政悪化に対応するのが目的である。
ここで、雇用保険の仕組みを簡単に整理すると、労働者、使用者が折半で負担する「失業等給付」「育児休業給付」に加えて、会社だけに課される「雇用保険2事業」に大別される。
このうち、失業等給付の保険料に関して、政府は保険料引き上げを企図したが、参院選への悪影響を恐れる与党サイドの意見が強まって調整が難航した。その結果、賃金の0.2%とする現在の水準は2022年9月まで維持される一方、10月から0.6%に引き上げられることになった。
この関係では、2021年度補正予算で一般会計からの繰入金として、2兆1,611億円が計上されているほか、雇用保険の財政安定化に向けた法改正が通常国会で予定されている。
では、以上のような形で決着した社会保障関係予算案をどう考えたらいいのだろうか。以下、診療報酬、特に本体改定の評価を試みるとともに、筆者の関心事である医療・介護の制度改正を中心に、今後の展望を考える。