(※画像はイメージです/PIXTA)

新型コロナの影響で学校のトイレを使えなくなった女子学生がいる。排泄を必死でこらえて帰宅すると、衣服を素早く脱ぎ捨てて、トイレに入り、風呂場に駆け込む。過剰な不安を抱き、確認と洗浄作業を繰り返し、接触を極力避けるような行動をとる病態は強迫性障害の患者に多く認められるという。

すでに細部に拘泥する強迫社会が蔓延

だからこの娘にこだわりすぎだなどという説得は通用しない。彼女はすでに細部に拘泥する強迫社会に侵食されているのである。これからも、強迫性障害の治療はかなり困難であることがおわかりいただけると思われる。実際、治療は完治を目指さず、現実との妥協点を探すように軽減を目指す。この治療方針は、ロックダウン下で、経済の疲弊をできるだけ少なくするために人の触れ合いをどこまで認めるか、の妥協点の模索とどこか重なってくる。

 

近代的社会は強迫的確認社会と思われる。先ごろますますその傾向が増している。なぜなら、近代を支えているサイエンスそのものが、さまざまな現象を細かく部分に分け、それぞれを分析して、部分から全体を把握しようとする手法(要素還元主義)をとっているからである。これは、当面の成果を得るにはよいが、長い視野からは全く違う結果を引き出す危険がある。

 

例えば、近代医学の画期的成果の一つであるペニシリンの発見は、当初目覚ましい成果を上げたが、ほどなくして耐性菌が発生し、その後次々と出現した耐性菌は抗生物質全体の使用を著しく複雑化させている。部分的な知識で自然を把握しようとすると、より多くの手間とエネルギーを必要とする結果を招きかねない。そこで、要素還元主義ではこういった欠点を避けるために、さらに、細かい事実を寄せ集め確かめるという方法をとっている。

 

ただ、それは、いたずらに細部の厳密さを求める強迫性障害の心性とあまり変わらない。結局、不必要な情報の増大を招きその削除に多大のエネルギーを必要とさせている。しかも、新型コロナウイルスはそういったことをいくら積み重ねても防げず、その隙間を縫って侵入してきた。そして、人と人との分断を図ることで、さらなる弊害を発生させようとしている。

 

例えば、アフリカでは、ロックダウンがマラリアへの対応を阻害し、他の疫病への対策を遅らせ、事態をより複雑深刻化させている。

 

もはや新型コロナの制圧は難しく、戦うのではなく、自然のなせる業として、共存を図るべきだという識者は少なくない。それは、自然との妥協点を探してゆくということだろう。当面はそれしかないかもしれないが、そもそも、人類は自然との付き合い方を誤ってきたといえまいか。ITを含め科学的手法で人類の繁栄は保ちうると勝手に思い込んでいたのではあるまいか。

 

コロナ後に必要なことは、これまでとは異なる自然とのかかわり方ではなかろうか。それには新しい哲学が必要であるかもしれない。私はその糸口が古き東洋の知恵の中に見出せると愚考している。

 

遠山 高史
精神臨床医

 

 

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※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

コロナは事実上、全世界の人々を人質にとった。人は逃げるに逃げられない。この不安な状況は、ある種の精神病に陥った人々が感じる不安と同質のものである――。 生命の危機、孤立と断絶、経済破綻、そして……。病院に列をな…

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