70代女性、認知症なのに…「病院から帰された」ワケ
今まで私のところに来た患者のなかにも、画像検査では正しい診断をされなかった人がいました。
その患者は70代女性の方で、もの忘れがひどくなってきたのを家族が心配し、わざわざもの忘れ外来を掲げている遠方の脳神経外科を受診したところ、MRIで脳の検査をしましょう、と行ったその日に予約を入れられたそうです。
ところが検査後、結果を聞きにいくと、「年相応の萎縮は見られますが、問題ありません」と言われ、「うちでは何もすることがないので」と帰されてしまったそうなのです。
家族からすれば、以前とは明らかに様子が違うのに問題がない、というのはどうにも釈然としません。そこで地域包括支援センターに相談したところ、当院を紹介されたということで、私のところに来られました。
確かに、これまでとった検査データからは目立った所見はありません。しかし家族に状況を詳しく聞いたところ、アルツハイマー型認知症が強く疑われる多くのエピソードが出てきました。
例えば、薬の管理がまったくできなくなっていることが挙げられます。もともと几帳面な性格で、薬も間違えないよう種類別に整理整頓が行き届いていたそうですが、今は何の薬がどこにあるかも分からなくなっており、飲み忘れも頻繁にあるとのことでした。
この話だけでも、問題がないなどと判断できるわけがありません。
ほかにも、ほかの病気でかかっているクリニックの受診日を何度も忘れるようになったり、以前はできていたゴミの分別ができなくなり、いつ出したらいいのかも分からなくなってしまったりと、家族を困らせている行動がいくつもありました。
この「以前はできていたことができなくなってきた」エピソードは、アルツハイマー型認知症の診断において重要な決め手の一つになります。なぜなら、繰り返しになりますが、認知症と単なるもの忘れの境界線は「日常生活に支障をきたしているか否か」にあるからです。
しかし、前にかかった脳神経外科医ではそのことについて一言も聞かなかったそうです。
誤解してほしくないのは、私は画像検査が診断の役に立たないなどといいたいわけではないということです。私も初診時にはほぼ全例に画像検査を行います。
しかしそれは決して「診断の決定的証拠」を得るためではありません。画像で分かり得る明らかな脳疾患、例えば脳腫瘍や脳梗塞、水頭症などを鑑別するために行うのであり、心理検査と同じく、いわば「ふるい」の一つでしかないのです。