タワマン住民が地元民に「よく思われない」ワケ
2019年10月に台風19号が日本を襲った。「50年に1度」レベルの大雨を降らせて、関東から東北にかけて大きな被害をもたらした台風だ。この時、武蔵小杉エリアのタワマン2棟が浸水被害にあった。そのうち1棟は数日間にわたり、エレベーターやトイレが使えなくなった。
あの時、他のエリアでは家を流されて失った人や、床上浸水でたいへんな目に遭った被災者がたくさんいた。国土交通省の資料によると、その被害の規模は「死者90名、行方不明者9名、住家の全半壊等4008棟、住家浸水7万341棟」だそうだ。
しかし、テレビのワイドショーでは台風が過ぎてから何週間にもわたって、武蔵小杉で被災したタワマンの話題を取り上げ続けた。私も何度かコメンテーターとして呼ばれた。
不思議だった。なぜ自宅の家屋に住めなくなった人が何万人もいるのに、たかだかトイレが流せなくなったタワマンを取り上げるのか。そのことを、何度か番組制作を企画しているディレクターに聞いてみた。あるディレクターは、こっそり私に教えてくれた。
「やっぱり“ムサコマダム・ザマー”じゃないでしょうか」
武蔵小杉には2008年頃からタワマンが建ち始め、そこで優雅に暮らしていそうに見える女性たちは、いつしか「ムサコマダム」と呼ばれていた。古くは「シロガネーゼ」に始まる、ややジェラシーの混じった造語である。
武蔵小杉にタワマンが林立する前から住んでいた人々にとって、ムサコマダムの登場はあまり愉快なものではなかったのだろう。あるいは、武蔵小杉以外のところに住む人でも、ムサコマダム的な存在には鬱陶(うっとう)しさを感じていたのかもしれない。
そんなムサコマダムたちが、自宅タワマンのエレベーターが使えなくなったうえにトイレまで流せない事態に追い込まれているのを、「ザマー」と思いながらテレビで見たい視聴者が多かったということか。
被災から半年後、エリアのタワマン11棟の管理組合で結成したNPO法人が、川崎市に対して数十項目の申し入れをしたことが話題になる。このことすら、テレビをはじめとしたメディアでよく取り上げられていた。
そのNPOが川崎市に要望した項目の大半はもっともな内容だったが、中には「電気室の移転に川崎市から補助金を出せ」とか、「水害危険度が高いとされているエリアのハザードマップを見直せ」といった、第三者から見ればかなり身勝手と思える内容もあった。
ある意味、タワマン住民というものが資産価値に対して、いかに神経質であるかということを裏付けるエピソードだと思う。メディアの報道も、そういったことをクローズアップする内容が多かったと記憶する。
「資産価値を異様に気にする」ということはつまり、「いずれは売却してその街を出ていく」ということが前提になっているからではないのか。その地に根を張って暮らすという意識は希薄なのだ。
商店街の生き残りを図るために再開発でタワマンを建てる、というのが100%の正解だとは思えない。確かに風景が一変することで、何となく街が蘇ったような気になるだろう。しかし、そこには様々な死角がありそうだ。
その街に対する愛着や帰属意識のない大量の新住民を呼び込んでも、コミュニティは元には戻らない。あらぬ方向に変質するだけである。
一方で、シャッターが閉まったまま放置しておくというのもよろしくない。街の風景がどんどん荒んでいく。このシャッター商店街にも、老朽化マンションと同様の問題がある。つまり、この国の私有財産権の手厚い保護制度である。
国は2014年に成立させた「空家等対策特別措置法」などで、徐々に私有財産権の制限へと舵(かじ)を切り始めているが、まだまだ手ぬるい。
今後は、公的な機関による半強制的な地上げを認める制度の創設などが求められる。
榊 淳司
住宅ジャーナリスト
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