本記事では、獣医師として数々の動物の命と向き合ってきた中村泰治氏が、犬の心臓病の9割を占める「僧帽弁閉鎖不全症」について、服薬による治療と外科的治療それぞれの特徴を紹介し、適切な選択方法を解説します。

極端なリスクはない内科治療だが…生涯薬が手放せない

内科的治療のメリットは、内服薬での治療ですから手術ほどの極端な命のリスクはなく、ある程度の期間は生存が担保される点です。

 

デメリットは、病気は基本的に完治することはなく、少しずつ悪化していくことです。また、薬で行える治療には限界があること、そして、毎日、一生涯薬を飲ませ続けることの手間やコストが発生することなどです。

 

特に、薬については一般的に、時間の経過とともに種類や数が増えることがあります。初めは少量でしっかり効き目を感じることができますが、症状が進行すると薬の種類や量はどうしても増えてしまいます。

 

そして、薬には良い作用があれば、副作用もあります。薬を服用することで内臓に負担がかかってしまうと、それを抑えるためにさらに追加の薬を飲まなければならないこともあるのです。

 

このように症状に応じて薬を追加していった結果、最終的に1回に5錠や6錠、あるいはもっと多い数の薬を飲まなければならないケースもあります。

 

さらに、心臓病の薬は基本的には一生涯、服用を続ける必要があります。病気の根本は治っておらず、薬で症状を抑えているだけの状態なので、飲み忘れることはできません。飲まないと苦しくなってしまったり、病気が悪化したりするからです。

 

手術と比べれば内科的治療のほうが1回あたりの治療費は安くすみますが、生涯で考えると手術費用と同額、あるいはそれ以上になることもあります。

 

仮に、7歳か8歳くらいで発症し、そこから生涯にわたって薬を飲むとすると、5年以上は服用を継続する必要があります。その場合は薬代の総額は手術費用よりも高くなってしまうこともあるのです。

外科的治療なら服薬なしで大幅な改善が見込める

外科的手術のメリットは、手術さえ乗り切ることができれば、かなり良い状態まで改善
を望めることです。

 

手術が成功すれば、基本的に薬の服用はまったくいらなくなります。なかには服用が残ってしまうケースもありますが、手術しなかったケースに比べれば、薬の種類や数は大きく減らせることがほとんどです。

 

かつて、内科的治療法しかなかった時代には、僧帽弁閉鎖不全症は治らない病気でした。しかし動物医療の進歩や手術方法の改良によって、今では手術で薬のいらないレベルにもっていけます。

 

私も、肺水腫を何度も繰り返し、そのままでは命が危なかった犬が手術によって病気を克服し、服用も不要になって元気に走り回るケースを何度もみています。

 

一方で最大のデメリットは、やはり一定のリスクがつきまとうことです。心臓にメスを入れるということは、心臓を一度止めて行うので、大きなリスクを伴います。万が一、手術がうまくいかなかったときは、そのまま死んでしまう可能性があるのです。

 

また、手術自体は成功しても、合併症によって亡くなることもあります。

 

手術のリスクは、手術を執刀する獣医師の経験や技術、病気の状態や全身状態、合併症
の有無などさまざまな要因によって左右されます。

 

しかし目安として論文などでは9割程度は成功が見込めるまでに技術が進歩しています。10匹手術をすれば1匹程度、残念な結果になってしまいますが、残りの9匹は薬がほとんどいらない状態にまで回復します。

 

私自身、獣医師として記憶に残っている症例は、残念ながら手術がうまくいかなかったケースです。手術が成功したケースでは「よかったですね」と飼い主と一緒に喜ぶことができますが、そうではなかったケースのことはいつまでも忘れられません。

 

 

中村 泰治

獣医師

 

 

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※本連載は、中村 泰治氏の著書『もしものためのペット専門医療』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

もしものためのペット専門医療

もしものためのペット専門医療

中村 泰治

幻冬舎メディアコンサルティング

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